※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
《クロシェット……お前の力が必要なんだ!》


 目を瞑ればあの日――――ザックと別れた日のことがありありと思い出される。


《この湖から、たくさんの魔獣が出現している。日々、多くの人々が苦しめられている。
けれど、魔王を倒さなければ、いつまで経っても魔獣たちを根絶やしにすることはできない。
だから、俺は君にこの地を護ってほしい。俺が必ず、魔王を倒すから》

《けれど……》


 理屈はわかる。
 けれど、本音を言えば、一人で置いていかれたくはない。

 クロシェットは元々、魔獣と無縁な平和な村で、穏やかな生活を送っていた。そんな中、近隣で魔獣を討伐していたザックと出会って恋に落ち、彼と共に居るために故郷を離れた。

 そんな彼女にとって、ザックと離れてまで湖を護る理由はない。国を救いたいとか、人々に感謝されたいといった大望を抱いたことも、一度だってないのだから。


《――――魔王を倒したら、すぐに君を迎えに来る》


 ザックはそう言って、クロシェットのことを抱きしめる。


《結婚しよう。俺が君を幸せにする。
そのためには、魔王を倒すことが必要なんだ。俺たちの未来のために、どうか力を貸してくれないか?》



 苦しげに囁かれ、クロシェットはしばし逡巡する。

 ザックの力になりたい。彼とずっと共にいたい。
 けれどそのためには、単身この地に留まり、彼と離れることが必要で――――。


《わかったわ》


 クロシェットの瞳に涙が浮かぶ。
 本当は、寂しさと切なさで心と体が引き裂かれそうだった。

 けれど、ザックの嬉しそうな表情を見て、クロシェットは静かに微笑む。


《待っているから――――必ず迎えに来てね》

《ああ、必ず》


 ザックはそう言うと、仲間たちを引き連れて、瘴気渦巻く湖をあとにした。




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