※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
(ビジネスねぇ)


 事業主であるワーナーの父親が、ワーナーの企みを把握しているとはとても思えない。知っていたら、全力で止めに掛かったはずだ。
 そして、そんなことも分からない人間が『ビジネス』なんて宣っていることが、わたしには可笑しくて堪らなかった。


「まさか! リーザでも人前で泣くのか……っ!」


 ワーナーはそう言って息を呑み、眉を顰めた。わたしを心配しているように見せて、実際は『婚約破棄を惜しまれる自分に酔いしれている』のだろう。
 おあいにく様。わたしは泣いているんじゃなくて笑っているの。声上げたいのを必死で堪えてるんだから、これ以上笑かさないでほしい。


「……失礼。状況はわかりました」


 わたしは咳ばらいをしながら、ワーナーたちに向き直った。
 このタイミングで『了承』の意を伝えるのは簡単だ。わたしからすれば、思いもよらない形で好機が舞い降りてきたのだし、逃がす手は無い。
 けれど、目の前にいるのは、曲がりなりにも数年間を婚約者として過ごした男だ。最後に慈悲を与えても罰は当たらない気がする。


「だけどワーナー、よろしいのですか? 本当にわたしと婚約破棄してしまって。せめてお父様に相談されてからの方が――――」

「リーザ……君が僕を諦めきれない気持ちは分かる。だけど、僕たちはもう終わったんだ」


 そう言ってワーナーはわたしのことを抱き締めた。キツめのコロンの香りに咽せながら、わたしは思い切り顔を顰める。慈悲なんて与えなきゃよかったと切実に思いながら、わたしはワーナーを押し返した。


「いえ。あなたが良いならそれで構いません。その代わり、あとで後悔しても知りませんからね?」

「後悔? そんなもの、僕がするわけないだろう」


 期待していた通りの言葉。内心ほくそ笑みながら、わたしは小さく首を傾げる。


「そうですか。では、実業家らしく約束は書面で行いましょう?」


 今宵は貴族の中でも事業を主にした人間の集まり。紙もペンも好きなだけ手に入る。
 わたしの提案に、ワーナーは迷うことなく頷いた。


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