※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「とっ……取り敢えず、今日の所はお引き取りください。こうしてあなたと一緒にいること自体、ロジーナに対して申し訳なく思っているのですから」


 グラディアの言葉にクリストフはたじろいだ。グラディアとロジーナは親友だ。それなのに今、二人の関係がギクシャクしてしまっていることを、当然クリストフは知っている。全て、クリストフがロジーナとの婚約を保留にしているためだ。


「分かったよ」


 クリストフはそう言って、グラディアの頭をそっと撫でた。ビクリと身体を震わせ、グラディアがクリストフを見上げる。クリストフはエーヴァルトのことを憎々し気に睨みつけると、そのままその場を去っていった。



「なぁ、もう良いんじゃねぇの?」


 クリストフが居なくなった後、椅子の背もたれに凭れ掛かる様にして腰掛けつつ、エーヴァルトがそう呟いた。


「良い、とは?」


 グラディアはお茶を淹れ直しながら、そっと首を傾げた。緊張の糸が切れたのだろうか、どこか朗らかな表情だ。


「おまえ、あいつのことが好きなんだろ?」


 ストレートな問い掛け。グラディアの顔が茹蛸の如く真っ赤に染まった。


「なっ……な、な…………っ」

「良いじゃん。あっちもおまえのことが好きなんだし、奪っちまえよ。わざわざ俺と恋人ごっこするより、そっちの方が余程簡単だろ?」

「そんなこと、できませんわ」


 グラディアは眉間に皺を寄せ、首を横に振る。紫色をした瞳が薄っすらと涙で濡れていた。


「幼い頃からずっと、わたくしはクリストフと一緒に居ました。けれど、彼のお父様に選ばれたのはわたくしじゃない――――ロジーナだったのです。その現実をわたくしは重く、受け止めなければなりません。わたくしではダメなのです」


 エーヴァルトは悲痛な面持ちのグラディアをじっと見つめた。

『選ばれなかった』

 その事実はどんな形であれ、人の心を激しく抉る。ずっと側に居たが故に、尚更堪えたのだろう。そうグラディアの表情が物語っていた。


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