婚活なんてお断りです!~根暗女と蔑まれた伯爵令嬢が退学を希望していたらなぜか『氷の貴公子』がぐいぐい溺愛してくるんですが~
第四話 クラスでの駆け引き
図書館でひと悶着があった、明くる日のこと。
いつものようにアリサが授業をサボって図書館に行くと、司書長の女性が待ち構えていた。にっこりと笑う狐目の女性はアリサを見るなり入り口を塞ぐ。
「……あの、通れないんですけど」
「セレーヌさん、あなた出入り禁止ね」
「え!?」
アリサは飛び上がった。
「そんな、どうしてですか、わたしの楽園が!」
司書はスっと壁の張り紙を指差す。
『図書館で魔法の使用禁止』
「心当たり、あるわよね?」
「あぅ……バレてましたか……」
「まぁそれは別にいいんだけど」
「いいんですか!?」
「さすがに授業をサボって逃げるのは教師として許しません。週に一度くらいならまだしも……ちゃんと授業を受けない生徒に図書館の利用を認めることは出来ないわ」
「うぐ……」
仮にも税金で賄われている公的事業なのである。
アリサが退学目的で授業をフケているのを司書は見抜いていた。
「たまにいるのよね、あなたみたいな退学をものともしない子。私の権限で欠席による退学は差し止めるようにしたから」
「そんな!?」
「ここから出たいなら上手く立ち回りなさい。偽の恋人を作ったほうが早いでしょ」
「そんなの相手に失礼じゃないですか。絶対無理です」
司書長は目を丸くし、口元に手を当てる。
「くす。真面目なのね……やっぱりあなた、面白いわ」
アリサは楽園の目の前で追い返されてしまった。
とぼとぼとした足取りで教室に行くと、クラスの生徒が一斉に彼女を見る。
「おい、あれ見ろ。図書姫だ……」
「まじで授業に出るのか? 初めてだろ。珍しいー」
「騙されてはいけません。遅れて登場して殿方の気を引こうという作戦ですわ」
さまざまな視線が集中するが、アリサの耳には一切届いていなかった。
(わたしの図書館が……はぁ……わたしの本が……)
ウエディング学園の図書館は王都の次に蔵書量が多く、アリサの読んだことのない本も多かったから、実はかなり楽しんでいたのだ。それなのに図書館の入り口が閉ざされてしまったから、死ぬほど嫌な授業も出るほかなかった。
うんざりしながら席に着くと──
「おはよう、アリサ。今日もいい朝だな。君に会えて俺は嬉しい」
(ディザーク・ペスカトル……やっぱり来た……)
アリサはジト目でディザークを睨みつける。
「まさか、図書館の件もあなたが……?」
「ん? 何のことだ」
ディザークは真面目な顔で眉を顰めた。
これは本当に知らなさそうだと、アリサはそっと息をつく。
(この人ってウザいし面倒くさいけど、わたしが嫌うことはしないのよね)
決定的な線だけは見極めているというのか、その線引きは妙に上手い。
アリサが本気で嫌がっていると分かったらすぐに引いて、仕切り直そうとするのだ。最も、婚約を嫌がっていることについては無視しているようだが。
だがしかし、ディザークはこのチャンスを逃さない!
「アリサ。昨日は楽しかったな。付き合ってくれてありがとう」
「「「!?」」」
クラスの女子たちが目の色を変えてアリサを見た。
早速仕掛けてきたディザークにアリサは頭を抱える。
(『付き合ってくれて』という言葉は二つの意味にとられる。用事か、交際か。普通に考えれば前者だけど、この学園の場合は間違いなく後者……!)
昨日のようにまだ人目の少ない場所なら拒絶するだけで良かった。
だが、今アリサが居るのはクラスのほぼ全員が集まっている教室だ。
(ここは上手く躱さなきゃ女子たちから目を付けられる……特にペスカトル様のことが好きな上位貴族出身の女子たち……! 穏便に切り抜けないとわたしの今後の生活が危うい……!!)
アリサは居住まいを正し、にっこりと笑って見せた。
「図書館で本を探した件ですね。どういたしまして、ペスカトル様」
「……!」
「うふふ。まさかペスカトル様から話しかけてくるとは思いませんでしたけど、図書姫と呼ばれているわたしを頼ってくれて嬉しいですわ。今後も何か探したい本があればお手伝いしますわよ。もちろん、クラスの皆さんでも、ね」
他の者達に笑みを向けると、安心したような空気が伝播する。
「なんだ、『図書姫』の案内目当てか」
「ずっと入り浸ってるらしいもんね。わたしも本借りるときは助けてもらおうかな」
「ディザーク様が特別というわけじゃなかったんだね」
アリサの切り返しに、ディザークは内心で舌打ちする。
(『付き合う』の言葉を定義するだけではなく、自分の噂までも利用して同じ手が使えないようにした……! これで今後、俺と図書館に居たとしても本探しに付き合っていると思われるだろう。反撃だけで終わらず、俺の行動を封じ、周りの認識すら変える最高の一手!)
アリサが教室に来るのは入学式以来のはず。
その間に広がった自分の評判すら利用とするとは、とんでもない女だ。
「「……」」
にっこりと見つめ合う両者。
二人の脳内でせめぎ合う熾烈な思考合戦は、次の一歩を踏んだ。
「アリサは授業を受けるのは初めてだろう。俺とペアを組まないか?」
「お構いなく。初めての授業は女性の方と組むことに決めていますの」
暗に同性愛者であることを主張して外堀を回避するアリサ。
願わくば噂が広がって退学にならないかなと彼女は思っていた。
ディザークはアリサの思惑を一蹴する。
「ペアを組めない女子を助けてあげるんだな。君は本当に優しい」
「ありがとうございます。よろしければペスカトル様も同じことをしてはいかが?」
クラスの女子の目の色が変わる。
今日の授業でペアを組まなければディザークとお近づきになれるかもしれないと察したのだ。自分よりも他の女子に目を向けさせようとするアリサの猛攻に対し、
「いや、実はこの学園は余り者が出ないように数が調整されていてな。君が来た以上、俺も余らなくなるから、君の心配には及ばない。むしろ今まで授業を抜けていたアリサのほうが心配だ。ちゃんと付いてこられるものかどうか……授業の情報も知らないようだし、学級委員長として、ここは俺が君とペアを組もう。これからはちゃんと授業を受けていくんだろう?」
「ぐ……!」
ディザークはアリサが知り得ないクラスの情報で対抗する──!
逃げ場を失ったアリサはあわあわと焦りながら反撃した。
「だ、だから結構だと言ってるんです!」
「いやいや、そう言わずに」
「ペスカトル様の美貌に当てられたらわたし死んでしまいますから!」
「安心しろ。君は美女とは言えないかもしれないが、俺好みの顔をしているぞ」
「~~~~っ、ば、ばばば馬鹿じゃないですか!? 何言ってんですか!?」
もはや最初に取り繕っていたお嬢様言葉は消え、素が出てしまったアリサ。
ディザークに至ってはこのやり取りを楽しんでいる節すらある。
「なんか……」
クラスの女子が呟いた。
「二人。普通に仲良いよね……?」
「!?」
アリサが血相を変えるが、もう遅い。
「分かる。ディザーク様があんなに喋ってるの初めて見た」
「なんか二人の世界が作られてるって感じ」
「まじかよ図書姫狙ってたのに~~!」
「図書姫をいじるディザーク様、推せる……!」
「婚約はしてないみたいだけど、仲のいい友達って感じよね」
「お互いのこと分かり合ってる感あるよね……」
「なんか応援したくなるかも~」
クラスの空気が固まっていく。
アリサは慌てて抵抗しようとするが、
「ちょ、待ってっ、だからそういうのじゃ……!」
「出席確認を始めるぞ。席に着け~」
授業開始のチャイムが鳴り響き、教師が入って来た。
力の抜けたアリサは、へなへなと自分の席に座り込む。
「ではアリサ、これからも友人としてよろしくな」
ポン、とアリサの肩に手を置いたディザーク。
にやりと口の端を上げて去って行く彼の背中は満足げだ。
アリサは自分が掌で脅されていたことに気付いて愕然とした。
(まさか、この人は……ここまで予想して!?)
そう、ディザークは最初に話しかけた時点でこの展開を狙っていたのだ。
アリサの意志は固く、外堀を埋めるのも困難。
普通の貴族のように初めから婚約を打診しても拒絶されるだけ。
ならば周りの認識のほうを変え、一段ずつ、確実に距離を詰めて行こうと……!
(というか、そんなの当たり前の話なんですけど……なんですか、この悔しさ……!!)
アリサは唇を噛みしめる。
もう二度と、彼を侮らない。
いつか絶対に『氷の貴公子』を出し抜くことを、彼女は決意した。
今日の勝敗:アリサの負け。
いつものようにアリサが授業をサボって図書館に行くと、司書長の女性が待ち構えていた。にっこりと笑う狐目の女性はアリサを見るなり入り口を塞ぐ。
「……あの、通れないんですけど」
「セレーヌさん、あなた出入り禁止ね」
「え!?」
アリサは飛び上がった。
「そんな、どうしてですか、わたしの楽園が!」
司書はスっと壁の張り紙を指差す。
『図書館で魔法の使用禁止』
「心当たり、あるわよね?」
「あぅ……バレてましたか……」
「まぁそれは別にいいんだけど」
「いいんですか!?」
「さすがに授業をサボって逃げるのは教師として許しません。週に一度くらいならまだしも……ちゃんと授業を受けない生徒に図書館の利用を認めることは出来ないわ」
「うぐ……」
仮にも税金で賄われている公的事業なのである。
アリサが退学目的で授業をフケているのを司書は見抜いていた。
「たまにいるのよね、あなたみたいな退学をものともしない子。私の権限で欠席による退学は差し止めるようにしたから」
「そんな!?」
「ここから出たいなら上手く立ち回りなさい。偽の恋人を作ったほうが早いでしょ」
「そんなの相手に失礼じゃないですか。絶対無理です」
司書長は目を丸くし、口元に手を当てる。
「くす。真面目なのね……やっぱりあなた、面白いわ」
アリサは楽園の目の前で追い返されてしまった。
とぼとぼとした足取りで教室に行くと、クラスの生徒が一斉に彼女を見る。
「おい、あれ見ろ。図書姫だ……」
「まじで授業に出るのか? 初めてだろ。珍しいー」
「騙されてはいけません。遅れて登場して殿方の気を引こうという作戦ですわ」
さまざまな視線が集中するが、アリサの耳には一切届いていなかった。
(わたしの図書館が……はぁ……わたしの本が……)
ウエディング学園の図書館は王都の次に蔵書量が多く、アリサの読んだことのない本も多かったから、実はかなり楽しんでいたのだ。それなのに図書館の入り口が閉ざされてしまったから、死ぬほど嫌な授業も出るほかなかった。
うんざりしながら席に着くと──
「おはよう、アリサ。今日もいい朝だな。君に会えて俺は嬉しい」
(ディザーク・ペスカトル……やっぱり来た……)
アリサはジト目でディザークを睨みつける。
「まさか、図書館の件もあなたが……?」
「ん? 何のことだ」
ディザークは真面目な顔で眉を顰めた。
これは本当に知らなさそうだと、アリサはそっと息をつく。
(この人ってウザいし面倒くさいけど、わたしが嫌うことはしないのよね)
決定的な線だけは見極めているというのか、その線引きは妙に上手い。
アリサが本気で嫌がっていると分かったらすぐに引いて、仕切り直そうとするのだ。最も、婚約を嫌がっていることについては無視しているようだが。
だがしかし、ディザークはこのチャンスを逃さない!
「アリサ。昨日は楽しかったな。付き合ってくれてありがとう」
「「「!?」」」
クラスの女子たちが目の色を変えてアリサを見た。
早速仕掛けてきたディザークにアリサは頭を抱える。
(『付き合ってくれて』という言葉は二つの意味にとられる。用事か、交際か。普通に考えれば前者だけど、この学園の場合は間違いなく後者……!)
昨日のようにまだ人目の少ない場所なら拒絶するだけで良かった。
だが、今アリサが居るのはクラスのほぼ全員が集まっている教室だ。
(ここは上手く躱さなきゃ女子たちから目を付けられる……特にペスカトル様のことが好きな上位貴族出身の女子たち……! 穏便に切り抜けないとわたしの今後の生活が危うい……!!)
アリサは居住まいを正し、にっこりと笑って見せた。
「図書館で本を探した件ですね。どういたしまして、ペスカトル様」
「……!」
「うふふ。まさかペスカトル様から話しかけてくるとは思いませんでしたけど、図書姫と呼ばれているわたしを頼ってくれて嬉しいですわ。今後も何か探したい本があればお手伝いしますわよ。もちろん、クラスの皆さんでも、ね」
他の者達に笑みを向けると、安心したような空気が伝播する。
「なんだ、『図書姫』の案内目当てか」
「ずっと入り浸ってるらしいもんね。わたしも本借りるときは助けてもらおうかな」
「ディザーク様が特別というわけじゃなかったんだね」
アリサの切り返しに、ディザークは内心で舌打ちする。
(『付き合う』の言葉を定義するだけではなく、自分の噂までも利用して同じ手が使えないようにした……! これで今後、俺と図書館に居たとしても本探しに付き合っていると思われるだろう。反撃だけで終わらず、俺の行動を封じ、周りの認識すら変える最高の一手!)
アリサが教室に来るのは入学式以来のはず。
その間に広がった自分の評判すら利用とするとは、とんでもない女だ。
「「……」」
にっこりと見つめ合う両者。
二人の脳内でせめぎ合う熾烈な思考合戦は、次の一歩を踏んだ。
「アリサは授業を受けるのは初めてだろう。俺とペアを組まないか?」
「お構いなく。初めての授業は女性の方と組むことに決めていますの」
暗に同性愛者であることを主張して外堀を回避するアリサ。
願わくば噂が広がって退学にならないかなと彼女は思っていた。
ディザークはアリサの思惑を一蹴する。
「ペアを組めない女子を助けてあげるんだな。君は本当に優しい」
「ありがとうございます。よろしければペスカトル様も同じことをしてはいかが?」
クラスの女子の目の色が変わる。
今日の授業でペアを組まなければディザークとお近づきになれるかもしれないと察したのだ。自分よりも他の女子に目を向けさせようとするアリサの猛攻に対し、
「いや、実はこの学園は余り者が出ないように数が調整されていてな。君が来た以上、俺も余らなくなるから、君の心配には及ばない。むしろ今まで授業を抜けていたアリサのほうが心配だ。ちゃんと付いてこられるものかどうか……授業の情報も知らないようだし、学級委員長として、ここは俺が君とペアを組もう。これからはちゃんと授業を受けていくんだろう?」
「ぐ……!」
ディザークはアリサが知り得ないクラスの情報で対抗する──!
逃げ場を失ったアリサはあわあわと焦りながら反撃した。
「だ、だから結構だと言ってるんです!」
「いやいや、そう言わずに」
「ペスカトル様の美貌に当てられたらわたし死んでしまいますから!」
「安心しろ。君は美女とは言えないかもしれないが、俺好みの顔をしているぞ」
「~~~~っ、ば、ばばば馬鹿じゃないですか!? 何言ってんですか!?」
もはや最初に取り繕っていたお嬢様言葉は消え、素が出てしまったアリサ。
ディザークに至ってはこのやり取りを楽しんでいる節すらある。
「なんか……」
クラスの女子が呟いた。
「二人。普通に仲良いよね……?」
「!?」
アリサが血相を変えるが、もう遅い。
「分かる。ディザーク様があんなに喋ってるの初めて見た」
「なんか二人の世界が作られてるって感じ」
「まじかよ図書姫狙ってたのに~~!」
「図書姫をいじるディザーク様、推せる……!」
「婚約はしてないみたいだけど、仲のいい友達って感じよね」
「お互いのこと分かり合ってる感あるよね……」
「なんか応援したくなるかも~」
クラスの空気が固まっていく。
アリサは慌てて抵抗しようとするが、
「ちょ、待ってっ、だからそういうのじゃ……!」
「出席確認を始めるぞ。席に着け~」
授業開始のチャイムが鳴り響き、教師が入って来た。
力の抜けたアリサは、へなへなと自分の席に座り込む。
「ではアリサ、これからも友人としてよろしくな」
ポン、とアリサの肩に手を置いたディザーク。
にやりと口の端を上げて去って行く彼の背中は満足げだ。
アリサは自分が掌で脅されていたことに気付いて愕然とした。
(まさか、この人は……ここまで予想して!?)
そう、ディザークは最初に話しかけた時点でこの展開を狙っていたのだ。
アリサの意志は固く、外堀を埋めるのも困難。
普通の貴族のように初めから婚約を打診しても拒絶されるだけ。
ならば周りの認識のほうを変え、一段ずつ、確実に距離を詰めて行こうと……!
(というか、そんなの当たり前の話なんですけど……なんですか、この悔しさ……!!)
アリサは唇を噛みしめる。
もう二度と、彼を侮らない。
いつか絶対に『氷の貴公子』を出し抜くことを、彼女は決意した。
今日の勝敗:アリサの負け。