誘惑
「ええ、私が殺しました」
「なるほど。じゃあなぜ殺したんです? 憎かったから……とか?」
「それも一理あります。実は彼に恋人ができて、嫉妬したんです。しかも結婚するって噂を聞いて、怒りが頂点に達しました。結婚する前に殺して冷凍しておけば、ずっと一緒に居られると思ったんです」

 司会者はこの話を聞いて、唇を噛み締めた。動揺したのか、何も聞いてこない。私は仕方なく、話を続ける。

「一週間前から何度もメールや電話しているのに、無視してるのよ。酷いと思わない? あなたの友達柚乃ですってメールしても、『柚乃っていう名前、聞いたことない』って返ってくるの」

 全て話し終えた私は長いため息をつき、立ち上がった。解凍しかけている死体悠人は、体育座りのまま放置する。



 私は一回だけ司会者の黒いネクタイを見て、それからまな板の上に置いてある包丁を眺めた。

 ()は鈍く銀色に光り、一瞬で肉を切ることができる切れ味。これを使えば、一瞬で人を殺すことができる。

 包丁の柄を右手で握りしめ、勢いよく振り下ろした。司会者の目の前で。
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