みっきーの恋活日誌
第三話 好きな女性がいる男性
 待ち合わせは、二人の最寄り駅の中間地点。
 お互い写真は見せているから、たぶんわかるだろうけど、念のため、服装も知らせあっている。
 いよいよ待ち合わせ場所。
 充希はなんだか足元がふわふわして、現実感が無い。
 電話ですら話したことが無いから、声さえわからない。
 会える喜びよりも、不安のほうが大きくなっていた。
 約束の駅は小さな駅だから、改札口は一つだけ。
 時間より5分前に着いたが、男性が数人立っている。
 服装は、灰色のジャケットにチノパン。
 あ、あの人だ。あちらも気が付いて手を振っている。
 お互いゆっくりと歩み寄った。
 「松田です。こんにちは。」
 「松本です。あの、はじめまして、かな」
 あれほどたくさんラインで会話していたとはいえ、やはり初対面なんだな、と充希は感じていた。
 それに、イメージと全然違う。
 写真のイメージでは、もう少し若々しくて、体もがっちりしている人だと想像していた。
 目の前のこの人は、なんだかとてもやせていて小柄、そして思ったより老けている。
 松田さんも、なんだか不思議そうに、私を見て、
 「思ってた感じと違うなあ」
 とつぶやいた。
 「えっと、どういうふうに思ってたのかな?」
 「もっとこうヘルパーさんっぽい感じなのかと思ってたけど、割と普通の人だから、びっくりした」
 それがどういう意味なのか、聞くのもなんだか怖かったので、充希は聞かないことにした。
 どちらにしても、充希が感じたように、この人も写真でイメージしていたみっきーさんとは違うと感じているはずだから。
 知らない人と待ち合わせして会うことは、想像していた以上にぎこちないものだ。
 でも周りの人に、それを知られるのも嫌なので、敢えて親しげに話しかけてみる。
 「これからどうしましょうか?」
 「そうですね。少し歩きませんか?」
 「いいですよ」
 駅から出て、線路沿いを並んで歩き始める。
 「お会いできて嬉しいです」
 松田はゆっくりとしたペースで歩き出した。
 「私もです。アプリで出会ってからひと月たちましたね」
 「はい。みっきーさんはこの駅で降りられたことありましたか?」
 「いいえ、初めてです。松田さんは?」
 「僕もです。だからお店とかわからないので、歩きながら一緒に探しましょう」
 「そうですね」
 「寒くはないですか?」
 「いいえ、こうして歩いていると、寒くないです。だいぶ春めいてきましたね」
 「ほんとうに。僕の働いている施設の庭では梅が咲いていますよ」
 「あら、そうなんですか。松田さんは施設長されているんですよね、大変でしょう」
 「まあ、忙しいですけど。利用者さんの送り迎えの車も運転してるんですよ」
 「え、施設長さん自らですか」
 「まあ、雑用もたくさんやってますよ」
 充希は話しているうちに、なんとなくラインでのやりとりと感じが似ていることに安堵していた。
 最初は想像していた松田さんとのギャップに戸惑って、というより若干がっかりしていたが、この横でゆっくり歩きながら話している穏やかな男性も悪くはないと思い始めていた。
 道路の端を二人で歩いていたが、車が通りすぎると、松田は充希を端に寄せ、自分が車道側に回った。
 充希は、こんな風に紳士的に扱われることも、慣れていなかったので、ますます好意を感じていた。
 松田もバツイチで子供がいるが、元妻がなかなか会わせてくれず、ほとんど会っていないと寂しそうに言う。
 離婚原因もどちらともなくお互い明かしあった。
 松田は元妻の浮気。充希は元夫のモラハラと子供たちへの暴力が離婚原因だ。
 歩きながら話すことが、初対面の二人にとって、自然と話すことにプラスになっていた。
 喫茶店で向かい合って話していたら、ここまで込み入った話をすることはできなかっただろう。
 充希は松田のことを好きになれそうだと感じていたし、おそらく彼も自分に好感をもっていると感じられた。
 二駅区間ほども歩いて、喫茶店に入った。
 そのころには緊張もほぐれて、お互い気軽に話せるようになっていた。
 ラインのやり取りのように自然だった。
 「何飲む?」
 「カフェオレがいいな」
 「じゃ、僕買ってくから、席とっておいてね」
 「うん」
 もうすっかり付き合ってるみたい、と充希は顔をほころばせながら、空いている席を探した。
 ちょうど窓際の席が一つ空いたので、そこに座る。
 ほどなくして、松田がトレーにいろいろと載せて来た。
 「わー、なにこれ、おいしそう」
 「そうでしょ、なんとかワッフルっていうんだって、分けて食べよう」
 充希はますますテンションが上がる。
 二人で向かい合ってワッフルをつつく。
 なんて楽しいんだろう。こんなの何年振りかなあ。
 食べ物の話や、家族の話、なんでもこの人と話していると楽しいなあと充希は思っていた。
 「趣味なんだけど、みっきーは、インドア派でしょ?」
 「うん」
 「で、ちょっと言いにくかったんだけど、実は僕登山好きなの」
 「え、そうだったの」
 「うん、無理にとは言わないけど、よかったら、軽めの登山なら一緒に行かない?今度」
 「軽めの?軽めなら頑張って行こうかな」
 充希はこの時は本気でそう思っていた。
 「ほんと?よかった、うれしいよ。絶対無理させるようなことはしないから」
 「うん」
 「僕ね、何人か登山友達いるんだよ」
 「へえ、そうなんだ」
 「そう、その中に少し年上の女性いるんだけど、彼女が僕の師匠」
 「女の人なんだ、すごいね」
 「そうなんだよ。すごい男っぽい人でね、でも美人で、山のことはなんでも知ってる」
 最初のうちは、ただ松田がその人を尊敬しているだけだと思って聞いていたのだが、充希は気付いてしまった。
 松田がその人のことを想っていることを。
 目を輝かせて彼女のことを語るその様子に、気付いてしまった。
 そしてその彼女が最近再婚したことを語るとき、唇が少し震えたことにも。
 同類だ。
 充希は思った。 
 この人も長く片想いしてきた。そして、まだあきらめきれていない。
 松田がいろいろと話している内容が、もう充希には届かなくなっていた。
 別れの時、じゃあまた、とお互い言って離れたけれど、充希はもう会わないと心に決めていた。
 松田が誠実な人だとわかったから余計、この先もあの、憧れの人への想いを消せないだろうと思ったからだ。
 松田が次にラインを送ってくるのは一週間後。その時にもう交流をやめると伝える決心をしていた。
 

 
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