【短編】婚約破棄を言い渡されましたが、貴方が言う運命のお相手はヤセた姿の私ですが?~いろいろあって、奥手な魔王様に溺愛されています~
 青く澄み切った瞳が熱っぽくレイナを見つめている。

「愛しているよ」

 そう甘く囁くのは、レイナの婚約者である王太子のアルベルトだ。アルベルトとレイナは十歳の頃から王命により婚約している。

 しかし所詮、親同士が決めた結婚。アルベルトと特別親しくなることもなく、決められた定例お茶会以外で会うこともなかった。アルベルトが十六歳になり学園に入学してからは、いっそう距離ができてしまい、形式的な季節の挨拶が書かれた手紙以外は送られてこない。

 そして、その手紙すらアルベルトの直筆ではなかった。

(政略結婚なんてこんなものよね)

 王家を支える四大公爵の娘として生まれた時からそれなりの覚悟はできていた。だからこそ、十六歳になりレイナが学園に入学してからのアルベルトの豹変ぶりに驚いた。

 学園で再会したアルベルトは、今までの素っ気ない態度が嘘のように熱烈にアプローチをしてきた。そして、暇さえあれば二学年下のレイナの教室まで現れて、レイナを中庭に誘うと二人きりで熱心に愛を囁いてくれる。

(アルベルトが、こんなにも私のことを愛してくれていたなんて……)

 そんなレイナの学園生活は、もちろん楽しいことだけではなかった。気難しい先生になぜか嫌われてしまい、レイナだけ冷たい態度を取られているし、アルベルトの護衛にも嫌われてしまっているようで、いつも不満そうに睨みつけられている。

(でも、政略結婚が当たり前の貴族社会で、こんなにも未来の夫から愛されているなんて、私は幸せね)

 レイナは、ずっとそう思っていた。

 思っていたのに。


 アルベルトが学園を卒業する当日の朝。


 卒業パーティに出席する準備のために、公爵家に帰って来ていたレイナは、アルベルトから「卒業パーティでエスコートはできない」と、ひどく簡潔な手紙をアルベルトの護衛経由で受け取った。

 護衛は相変わらずレイナを鋭く睨みつけてくる。その視線に気がつかない振りをして、レイナはその場をあとにした。

(アルベルト様は、お忙しいのかしら?)

 数日前に学園でアルベルトに会ったときは「卒業パーティには絶対に来て欲しい。お願いだ」と熱心に誘われた。だからてっきり二人でパーティへ行くのかと思っていた。

 王太子であるアルベルトは、卒業生であると同時に未来の王として卒業パーティを取り仕切らなければならないのかもしれない。

(仕方がないわね)

 アルベルトがエスコートできなくても、在校生代表としてレイナは卒業パーティに出席しないといけない。

 婚約者のいる身で他の男性にエスコートを頼むわけにもいかないので、レイナは兄にエスコートを頼んだ。

 兄に「アルベルト殿下は?」と聞かれたが、詳しい事情が分からないので「お忙しいようです」としか返せない。

「そうか。当日に連絡が来るなんて、何か想定外の出来事が起こったのかもしれないね。殿下が一緒でないのなら、念のために、ココ様について来てもらいなさい」

「はい」

 ココ様とは巨大なオオカミの姿をしている神獣だ。子どもの頃はレイナの護衛を兼ねてずっと一緒にいたが、学園に公爵家の守り神的存在を連れて行くわけにもいかず、ココに会うのは久しぶりだった。

 レイナが祈るポーズを取り「ココ様」と囁くと、空気が震えて神々しい光に包まれる。

 ―― レイナ。愛おしい子よ。

「お久しぶりです。ココ様」

 毛に覆われたココの大きな顔が近づいてきた。レイナはココのしっとりとした鼻を撫でて、首元に抱きつきフワフワの毛皮に顔をうずめる。

 ココがまた光になりレイナの身体の中に入ると胸の内が温かくなる。そんなレイナを見て兄はにっこりと微笑んだ。

「レイナのその姿を見るのは久しぶりだね」

 神獣を身に宿すと人によって異なる副作用が現れる。兄は顔だけが狼になるし、レイナの場合は、体重の増加だった。

 全身鏡に姿を映すとそこには、たくさんの脂肪を蓄えたレイナがいた。

「レイナは子どもの頃は、ずっとプニプニだったものね」

「そうですね、子どもの頃はずっとココ様が私を守ってくださっていたので」

「その姿も可愛いよ」

「ありがとうございます」

 レイナもこの姿の自分も嫌いではない。いつでもココを宿せるようにと、レイナの服やドレスは全てサイズ調整ができるように作られていた。

 急いで身支度を整え、兄と一緒に卒業パーティ会場へと馬車で向かう。会場は卒業式が終わった学生たちで溢れかえっていた。

 レイナが兄と共に会場に入ると、一斉に視線がこちらに向けられザワリと騒めいた。

「何かあったのでしょうか?」

 兄は「さぁ?」と首をひねっている。そこにルームメイトの友人が可愛いドレス姿でこちらにかけてきた。

「レイナ、大変よ!」

 慌てるルームメイトを押しのけるように婚約者のアルベルトが現れた。

「来たか、レイナ」

「アルベルト様?」

 なぜか怖い顔をしているアルベルトにレイナは首を少しかしげた。それに、いつもとは違う冷たい声で名前を呼ばれて驚いてしまう。

 アルベルトは会場中に響くように声高に言い放った。

「レイナ。今日、この場でお前との婚約を破棄する!」

 シンと静まり返った会場でアルベルトの声だけが響いた。

「いつ見ても醜い姿だ」

 いつも向けられていた熱っぽい瞳には、嫌悪が浮かんでいた。

「ど、うして? あれほど、私を愛しているとおっしゃってくださったのに?」

 アルベルトは「お前のその妄想癖はいったいなんなんだ!? 『俺が愛している』だの、『今日は素敵な時間だった』などと、ありもしないことを書いた気持ち悪い手紙を何枚も寄越して! 吐き気がする」と言った。

「も、妄想?」

 あの愛を囁かれる日々が、全て妄想だったとは思えない。

「この際だからはっきりと言っておく。俺には、学園内に愛する女性がいる。偶然にもお前と同じ『レイナ』という名前だが、それはもちろん、お前ではない!」

 アルベルトの言葉で会場がサワサワとざわめきだした。

「お、おい……学園にレイナ様以外に『レイナ』っていう女生徒はいたか?」

「いや、いないだろう」

「ということは、殿下は……」

 レイナの隣で兄がにっこりと微笑んだ。その瞳は少しも笑っていない。

「殿下、お話は伺いました。では、その殿下の想い人の『レイナ』という女性はどこにいらっしゃいますか?」

「残念だか、まだレイナはここには来ていない。だが、必ず来ると約束してくれた。私のレイナはお前の妹のように醜くない! 本当に女神のように穏やかで美しいんだ!」

 うっとりとするアルベルトは、学園で熱心にレイナに愛を語っているときの表情だった。

レイナが「アルベルト様……」と声をかけると、「気安く俺の名を呼ぶな!」と怒鳴られた。

(ああ、この方は、私を愛してくれていたのではないのね)

 スゥとレイナの心が冷めていく。アルベルトは、ただレイナの姿形がとても好みだったのだろう。だから、体重が増えただけで、愛する人の区別がつかなくなる。

 もう笑うことすらやめた兄は静かにアルベルトに語りかけた。

「殿下、四大公爵家の血筋の者は、その身に神獣を宿せることをご存じですか?」
「なんだ急に? 当たり前ではないか!」

「では、神獣を宿すと様々な副作用が現れることはご存じで?」
「もちろんだ!」

「それを知った上で、私の愛おしい妹に婚約破棄を突きつけると?」
「ああ、そうだ! 証人はこの会場にいる全ての者だ」

「分かりました」

 兄はこちらを振り返ると「レイナ、ココ様を呼び出して」と優しく囁いた。

「……はい、お兄様」

 レイナが陰鬱な気分で祈りを捧げると、会場の上空に巨大な狼姿のココが現れた。

 普段見ることのできない神獣の姿に、会場では、小さな悲鳴や感嘆の声があちらこちらで上がっている。

 アルベルトは、そんな神獣を一切見ることなく、レイナを凝視していた。わなわなと唇を震わせながら、小さな声で名前を呼ばれた。

「レ、レイナ?」

「はい、殿下」

 視線を逸らすと、アルベルトはフラフラと近寄ってきた。

「殿下だなんて、いつものように、アルベルトと……」

「先程、気安く呼ぶなと命を受けました」

「あ、あれは……違うんだ!」

 いつも美しいと思っていたアルベルトの青い瞳が今はひどく濁って見える。アルベルトがレイナに触れようと伸ばした腕を兄が叩き落した。

「殿下、醜い我が妹に触れてはなりません! 妄想癖のある妹です! 殿下は我が妹から手紙が来ると、吐き気をもよおしてしまうのでしょう?」

「ち、ちが……」

 子どものように言い訳をしようとするアルベルトを兄が睨みつけた。

「何が違うんですか?」

 威圧的な声にアルベルトの顔から血の気が引いていく。

「あ、愛しているんだ! レイナ、本当だ!」

「私も殿下を愛していました」

「そうだろう!?」

 笑顔になったアルベルトにレイナは静かにため息をついた。

「でもそれは、気のせいだったようです」
「レイナ! 間違えたんだ! 知らなかったんだ! 許してほしい! 本当に貴女を愛しているんだ!」

「そうですか。殿下のおっしゃる愛と、私の思う愛はどうやら違うようですね」
「同じだ!」

「そうでしょうか? 殿下の愛は、一時の儚い美しさに向けられたもの。もし、今、私が殿下を許したとしても、私が病気やケガをして美しくなくなったとたんに殿下の愛は消えるでしょう。そうでなくても、私が年を取ったら殿下はまた私に『醜い』とおっしゃるのでしょうね」

 アルベルトは、濁った瞳に涙を浮かべて縋るようにこちらを見ている。

「私の思う愛は、日々、相手を思い合い、助け合う愛です。一緒に過ごした年月と共に降り積もり、より信頼関係が強くなっていくことです」

 レイナは真っすぐに、愛していた人を見つめた。

「殿下、婚約破棄を謹んでお受けいたします」

 がっくりと床に両膝を突いたアルベルトは「違うんだ、違うんだ」と、うわ言のように繰り返している。

 兄が「殿下は具合が悪いようだ。誰か医務室へ」と言うと、遠慮がちに生徒達がアルベルトに近寄ってきた。

「どうして教えてくれなかった!?」

 そう叫ぶアルベルトに生徒達は顔を見合わせた。

「まさか知らないとは……なぁ?」

「は、はい。殿下とレイナ嬢の仲が良いのは、学園内の者は『婚約者だから当たり前』と思っていました。女好きの殿下がようやく落ち着いたと、王様も喜んでいたくらいで!」

『女好き』という言葉に兄の眉がピクリと動いた。

(元からそういう方だったのね)

 悲しいがこれで良かったのかもしれないとレイナは思った。ふと天井を見上げるとココがニヤリと笑ったような気がする。

(もしかして、私の副作用が体重の増加なのって……。外見に囚われない人間関係を築けるように?)

 レイナの頭の中にココの声が響いた。

 ――レイナは幼少の頃から美しすぎたからな。身を守るには良いだろう?

 クックッとココの笑う声がする。

(そういうことだったのですね。ありがとうございます)

 まだ喚いているアルベルトに背を向けてレイナは兄と共に会場を後にした。

「レイナ、私は殿下が何か手を打つ前に、この婚約破棄を早急にまとめてくる。一人で帰れるね?」

「はい」

 兄の背中を見送ると、すぐに声をかけられた。驚き振り返ると、レイナのことを嫌っている気難しい先生が立っていた。

「先生?」

 また何か嫌味を言われるのだろうかと構えていると、先生は急に勢いよく頭を下げた。

「レイナさん、ずっと貴女のことが好きでした! 私と結婚してください!」

 レイナが予想外過ぎてポカンとしていると、先生は真っ赤な顔で見つめてくる。その顔は冗談を言っているようには見えない。

「あの、先生? 先生はずっと私のことがお嫌いでしたよね?」

 入学からずっと冷たい態度を取られていた。

「あれは、貴女が美しすぎて……。それに、いくら好きになっても、決して手が届かない人だったから、なんとかしてこの恋心を諦めようと必死だったのです!」

「だから、私に冷たく当たっていたと?」

 コクリと頷かれ、レイナはため息をついた。

「先生」
「は、はい」

「それって、教師としてどうなのでしょうか?」

 今度は先生がポカンと口を開けた。

「まず、未成年者に好意を抱き、その好意が叶わないという理由で一方的に冷たく当たる。貴方は教師、私は生徒という立場があるので、強く反抗もできませんでした。この一年間、貴方は私の心を傷つけ続けました。どうして、殿下と婚約破棄したからといって、私が貴方を愛すると思うのですか? 私は貴方を、教師としてはもちろんのこと、人としても軽蔑しています」

 先生は真っ青になりながら床に両膝を突いた。

「では、失礼します」

 レイナがそう告げて、また馬車に向かって歩き出すと、今度はアルベルトの護衛が飛び出してきた。

「レイナ様!」

(主の仕返しに来たの!? でも、近くにココ様がいるから呼べば来てくれるはず!)

 レイナが警戒して後ずさると、護衛は勢いよく床に片膝を突いた。

「ずっとお慕いしておりました!」

 顔を上げた護衛は耳まで真っ赤になっている。

(このパターンは……)

 レイナが「貴方はいつも私を睨みつけていましたよね?」と訊ねると「それは、レイナ様が美しすぎて、つい!」とまた顔を赤くする。

「本来、主の想い人を慕うなどあってはならないことです! だから必死にこの想いを今まで胸に秘めてっっ」

 熱く語ろうとする護衛を、レイナは片手で制止した。

「事情は分かりました。でも、私を本当に愛しているのなら、どうして、殿下に婚約破棄を言い渡されたあの場で助けてくれなかったのですか?」

 護衛は黙って目を大きく見開いた。

「私のことを本当に愛しているのなら、殿下に罵られている時こそ、助けてくれるべきだったのでは? それこそ、殿下は私との婚約を破棄したのですから、貴方はいつでも私に思いを告げられたはずですね?」

 グッと言葉に詰まった護衛を見て、レイナはため息をついた。

「貴方があの場で私を助けなかったのは、ご自身の保身のためです。そして、全てが終わってから、人目のないところで私に愛を囁くのも、ご自身の保身のため。本当に私のことを愛しているのなら、あの会場で私に愛を告げるべきでした。そうしてくだされば、どれほど私の心が救われたか。私は私を助けてくれない貴方を決して愛することはありません」

 護衛は黙って項垂れた。

(はぁ、馬車までの距離が遠いわ)

 レイナが護衛に背を向けて歩き出すと、ルームメイトの令嬢が走ってきた。

「待って、レイナ!」
「貴女、ドレス姿でよく走れるわね」

 感心していると「今は、それどころじゃないでしょ!」と怒られた。

 心配そうに「大丈夫なの?」と聞かれて「大丈夫じゃないわ。もう男性不信よ」と本音を返す。

「男性不信?」

「そうよ、もう男なんて信用できないわ」

 ルームメイトは、ぎゅっとレイナの手を握った。

「じゃ、じゃあ私ならどう? 私は好き?」

「え? もちろん、好きよ。だって、貴女は大切な友達でしょう?」

 ルームメイトは覚悟を決めたようにドレスの胸元を広げた。そして、「実は私、男なの!」と、とんでもないカミングアウトをしてくる。

「これには事情があって、でも、私、ずっとレイナのこと……」

 頬をピンク色に染めるルームメイトを見て、レイナは頭が痛くなった。

「私は今、女性不信にもなったわ……。ごめんなさい、貴女のことは友達としか思えないの」

 レイナがルームメイトに背を向けてフラフラと歩き出すと、急に地面が揺れ出した。

「な、何!?」

 ルームメイトにしがみつかれ、思わず「大丈夫よ」と言って守るように抱き抱えてしまう。

「空だ!」と誰かが叫んだ。

 そこには異形の者が映し出されていた。

『愚民どもよ、首(こうべ)を垂れよ。我は魔を統べる者』

 その日、空中に映し出された伝説の魔王の姿に国民全てが恐怖した。

『太古に交わした盟約を果たすべき時がきた。約束通り、獣を宿せる十六歳の娘を一人、今すぐ我に寄越すのだ。さもなければーー』

 ルームメイトは、ガタガタと震えながら「それって、四大公爵の娘を一人、生贄に寄越せってこと?」と聞いてくる。

「そう、みたいね」

 魔王はゆっくりとカウントダウンを始めた。

「私、行かなくちゃ!」

 レイナが立ち上がると、ルームメイトは必死に止めた。

「ダメよ! 行かないで! 殺されてしまうわ!」

「私がいかないと、この国が滅んでしまうかもしれない。大丈夫よ。なんとか時間稼ぎをして生き延びるから!」

 ルームメイトを振り払いレイナは空に向かって叫んだ。

「魔王様! 私は四大公爵の娘の一人、レイナです! どうか私をお連れください!」

 空に浮かぶ映像がピタリと止まった。

『……え? 本当に?』

「本当です! 私ではダメですか?」

 レイナが不安になって訊ねると『あ、いや……』と曖昧な返事が返ってくる。

「この身を貴方様に捧げます! だから、どうかこの地を灰にするのはおやめください」

『いや、そこまでする気はないけど。あ、ちょっと一回、こっちに来てお話しましょうか』

 魔王がパチンと指を鳴らすとレイナは見知らぬ場所にいた。目の前には、先ほど空に映っていた魔王の姿があった。

「初めまして。僕が今の魔王です」

 そう丁寧に挨拶して真っ赤な瞳をにっこりと微笑ませた。魔王の頬にはところどころウロコがあり、頭には闘牛のような角が生えている。長い髪は見たこともないくらい鮮やかな緑色だ。

「わ、私は四大公爵の娘の一人、レイナと申します」

 レイナが淑女らしくお辞儀をすると、魔王はまた微笑んだ。

「まさか本当に来てくれるなんて。予想外過ぎて驚きました」

「それは、どういうことですか?」

 魔王の優しい雰囲気につられて、つい質問してしまったが魔王は怒る様子もない。

「四百年前くらいですかね? 貴女の国が戦争で負けて滅びそうになっていたところを、その時の魔王が魔獣と契約出来るように手を貸したのです」

「魔獣?」

「はい、そちらでは神獣と呼ばれているそうですが」

「ということは、ココ様は、魔獣?」

 そう呟くと、光につつまれたココが現れた。そして、魔王に向かって深く頭を下げた。

 ――我が主。どうですか? レイナと契約を交わしましたか?

 魔王は「ちょ、やめてください! まだレイナさんに、その話はしていませんからっ!」と顔を赤くしている。

 ――レイナ。我が主のように、様々な種族の血が混じっていると、恐ろしく強くなる代わりに魔族間で子がなせなくなるのだ。だから、人から伴侶を選ぶ。

「だから、ちょ、待って、やめて!?」

 一人で騒いでいる魔王の頭を、ココは太い前足でぎゅっと押さえつけた。魔王は床に顔面から突っ伏している。

 ――我が主は奥手すぎる。人の命は儚いもの。早く契約しなければ、レイナも一瞬で老いてしまいますぞ。我がレイナを遠くから貴方様に見せた時、確実に惚れたでしょう?

 魔王はココの肉球と床に挟まれ、ジタバタと動いている。

 ―― それなのに、『レイナにも気持ちがある』とか『魔王の妻など誰も喜ばない』とか何とか言って、結局、考え過ぎて迷走したあげく『古代の盟約が~』とか言い出す始末。

 肉球の下で魔王がバンバンと床を叩いている。ココが前足をあげると顔を上げた魔王が「盟約は本当ですから!」と叫んだ。

「魔獣を貸す代わりに、魔王が求めれば美しい娘を差し出すという盟約を、その時代の王と結んだのです! レイナさん、本当です!」

 勢いに押されてレイナが「あ、はい」と頷くと魔王はホッと胸を撫で下ろした。

「あの、魔王様?」

「は、はい!」

 魔王はビシッと背筋を伸ばした。

「今のお話を聞く限り、魔王様は私を妻に迎えたいということですか?」

 魔王の首から頭まで真っ赤に染まっていく。

「でも、先ほどは『四大公爵の十六歳の娘』なら誰でも良いと言っていましたよね?」

 レイナの疑問にはココが答えてくれた。

 ――今、四大公爵の娘で十六歳なのは、レイナだけだ。まったく我が主は回りくどい。

 ココの隣で魔王が両手で自身の顔を覆っていた。

(魔王の伴侶に選ばれるのは『美しい娘』と言っていたわ。私はまた外見だけで選ばれてしまうの?)

 レイナの心は重く深く沈んでいく。

 そんなレイナを、指の隙間から見た魔王が弱々しい声を出した。

「嫌……ですよね。僕なんて、人とはほど遠い姿ですし、魔王、ですし……」

 両手を下に下げた魔王は、赤い顔のまま、まっすぐにレイナを見つめた。

「でも、僕はレイナさんの、身分や外見を問わず、誰にでも優しく礼儀正しい所に惹かれました。そして、優しいだけではなく、貴女の毅然とした態度、貴族として責務を果たそうとする姿がとても美しいと思ったんです」

 魔王は目を閉じて右手を差し出した。

「ダメもとですが、よければ僕と結婚してください!」

「はい」

 レイナは自分でも驚くくらい迷わずその手を取った。手を取られた魔王が「ええええええ!?」と叫んでいる。

「ちょ、え? どうして?」

「家族以外で、私の内面をこんなにも褒めてくださったのは貴方様が初めてです」

 魔王の真っ赤な瞳をレイナは覗き込んだ。

「どうか、魔王様のことを私に教えてください。私は、貴方様にとても興味があります」

「あ、あわあわ」

動揺と共に、魔王にトカゲのような尻尾が生えてきた。魔王の背後でその尻尾がベッタンベッタンと床を叩いている。

「ぼ、僕、魔王ですよ? 人じゃないんですよ? 本当に良いんですかっ!?」

「はい、ちょうど、いろいろあって、男性も女性も信じられず、人間不信になっていたところですから」

 レイナはにっこりと微笑んだ。


おわり


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※ご質問があったので追記です

レイナが魔王と交わった(契約した)ら魔王と運命共同体になり、魔王が死ぬまで今のままの年齢で生き続けます。魔王が死んだらレイナも死にます。

ちなみに魔王は数百年単位で生きるので、共に生きてくれる奥さんをものすごく大事にしてくれます。
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