【コミカライズ連載中】年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない
21 最後のお願い
リリーとレナと分かれ、寮の自室に戻ったロベリアは、乙女ゲーム『悠久の檻』の情報をまとめた自作のノートを机の引き出しから取り出した。パラパラとノートをめくる。
(やっぱり、レグリオのお兄さんなんて、ゲームには出てこなかったわよね)
それは別に不思議なことではなく、ゲームに出てこない人なんて、この世界にはたくさんいる。
(うーん、レグリオのフルネームが思い出せないわ。家名が分かったら、そこからお兄さんを探せるかもって思ったんだけど……。あ、そうか! 今から戻ってレナに聞けば……)
でも、それを聞いてレグリオの兄を見つけた所で、どうしたらいいのか分からない。
(待って、私。いったん、落ち着こう)
目を瞑って深呼吸すると、少しだけ落ち着いた。
(そうよ、まだレグリオのお兄さんが犯人って証拠があるわけじゃないからね。その可能性が大ってだけだから)
ロベリアは、自分の目の前にゲームのような選択肢が並んでいるような気がして、ノートに書き出した。
(私が今、できることは……)
①ソルに今回のことを、ありのまま報告する
②ソルに報告せず、お兄さんと同学年のカマルに相談してみる
③ソルに報告せず、ソルが『こちら側の人間』だと認めるアランに助けを求める
(うっ……どれを選んでも、大変なことになりそうで怖いわ……。選択肢を間違えたら死人が出そう……)
重く長いため息をつきながら、ロベリアはノートを静かに閉じた。
(とにかく、夕食のときに、リリーにレナの家名を聞けばいいんだわ。それから……)
改めてロベリアは、今できることではなく、自分がどうしたいか考えてみた。
(とにかく、信頼できる人に相談したいわ。信頼できる人……優秀で頼りになって、口が堅くて、助けてくれそうな人……)
そんな人は一人しかいない。
「ダグラス様……でも、そんなの無理よねぇ……。私、避けられているもの……」
夕食の時間になり、いつものようにリリーと二人で待ち合わせをして一緒に食事をした。その際に、レナの家名が『ストレイム』だと教えてもらう。
「レナのお家、子爵家なんだって」
「そうなのね」
家名が分かったので、ロベリアはレナの兄に匿名で手紙を出すことを思いついた。
手紙の内容はこうだ。
―― 例の薬を購入したい。
(この手紙を受け取ったレグリオのお兄さんが、指定の場所に現れたら、それはもう犯人よね。もし、犯人じゃなかったら、こんな怪しい手紙なんて無視するだろうし……。問題はどうやって、この手紙をレグリオのお兄さんに渡すかだわ)
男子寮に女子生徒は入れない。
『誰かにお願いしないと……』と思ったが、もう結論は出ていた。
*
次の日、朝早くロベリアは男子寮の前で待ち伏せしていた。
(この時間帯に、ダグラス様は剣術の稽古に行くということを私は知っている!)
誰がどうみてもストーカーだったが、躊躇っている時間はない。男子寮の入口から出て来たダグラスは、一瞬だけ、ロベリアのほうを見たが、立ち止まらずそのまま何事もなかったようにロベリアの前を通り過ぎる。
(……私、ものすごく、無視されているわ……)
分かってはいたが、こっちももう引き下がるわけにはいかない。早足のダグラスの後を、ロベリアは小走りでついていく。鍛錬場に行く道の途中でダグラスがピタリと足を止めた。
「何かご用でしょうか?」
振り返りもせず、それは相手を拒絶するような声だった。
(……これ、私、絶対に、嫌われているわね……。知っていたけど)
ロベリアは身体がズンと重くなり、目の前が暗くなったような気がした。
「あの……以前から、ダグラス様にはご迷惑をおかけしている自覚はあります。保健室に運んでいただいたり、アランを呼んでくださったり、無理やりハンカチを押しつけたり……」
ダグラスからの返事はない。
「でも、あの……もう一度だけ、私を助けていただけないでしょうか?」
必死に涙をこらえた。ここで泣いたら、うっとうしい女だと思われそうで怖かった。
「今回、助けていただいたら、もう二度とダグラス様にご迷惑をおかけしません。だから、どうか……」
振り返ったダグラスは怒っているように見えた。
「す、すみません」
謝ると、ポロリと一粒涙がこぼれてしまう。ダグラスはため息をつくと、自分の髪をぐしゃぐしゃと乱した。指の隙間から見えた瞳がとても困っているようだった。
「ロベリア様。本当に、これが最後……ですね?」
最後という言葉がロベリアの胸に刺さる。大好きな人に、最後にして欲しいと思われていることがつらい。
「はい。もうお声をかけません。こんな風にダグラス様を待ち伏せするような真似も決していたしません」
「分かりました。私は何をすれば良いでしょうか?」
ロベリアは制服のポケットから白い封筒を出した。
「これを、ダグラス様の同級生、ストレイム子爵家の令息に渡してほしいのです」
中には、『例の薬を購入したいので、一人で部活棟の裏に来て欲しい』と時間を指定して書いてある。
手紙を受け取ったダグラスに、「レオン=ストレイムのことですか?」と確認されたが、「名前は知りません。会ったこともないので」と正直に伝えた。
「手紙の内容を確認しても?」
「ダメです」
ダグラスが無言でこちらを見つめている。
「ロベリア様は、先ほど私に『助けてほしい』と言っていましたね? レオン=ストレイムに何かされているのですか?」
「違います! そうではありません」
またダグラスに、ため息をつかれてしまった。うつむいたロベリアは、この場から今すぐ消えてなくなりたいと思った。沈黙がとても重苦しい。
「分かりました。この手紙をレオンの部屋の扉に挟んできます。それで良いですね?」
「……はい。ご迷惑をおかけします」
(これでダグラス様とお話できるのも最後なのね……)
最後にしっかりと目に焼き付けておこうとダグラスを見ると、バチッと視線があった。ダグラスは慌てて視線を逸らし「では」とその場から早足に去っていく。
(失恋しただけでも悲しかったのに、もうダグラス様に二度と声をかけることすらできなくなってしまったわ……)
とても悲しかったけど、ロベリアの恋以外はまだ何も終わっていない。媚薬売買の犯人は捕まっていないし、リリーが幸せになることも確定していない。
(……私、頑張るから……)
次々に溢れ出る涙に『今は泣いている暇はないから。お願いだから出てこないで』と言い聞かせる。
(あとは、私が指定した場所の近くに隠れて、レグリオのお兄さんを待つだけね。お兄さんが来たら犯人。来なかったら、お兄さんは犯人じゃない可能性が高いから、一度ソルに相談しよう)
一晩中、一生懸命考えたが、それくらいしかロベリアには思いつかなかった。
ロベリアは一人、部活棟に向かった。部活棟の裏に来る人はめったにいない。だから、告白をする場所によく使われる場所でもあった。
(どこか、隠れられそうな場所は……)
見渡すと隅っこに掃除道具入れ用の錆びついたロッカーを見つけた。中を見ると、一本のホウキとチリトリが入っているだけで、人が隠れるにはちょうど良さそうだ。
(ここに隠れて、レグリオのお兄さんが来るのを待とう)
約束の時間までまだ少し余裕がある。それなのに、ザッザッと砂の上を歩く足音がしたので、ロベリアが慌てて振り返ると、そこにはダグラスがいた。
「え?」
ダグラスは、走ってきたのか息を乱しながら「レオンの扉に、手紙を挟んできました」と言う。
「あ、ありがとう、ございます。でも、どうしてここに?」
そう聞くと、何も言わず視線を逸らされてしまう。
(どうしよう、今ここに、お兄さんが来たらすごく困るわ)
なぜか立ち去ろうとしないダグラスをどうしたらいいのか分からない。二人の間に妙な沈黙が続いた。
「あの、ダグラス様……」
声をかけたそのとき、また別の足音がしたので、ロベリアは咄嗟にダグラスの腕を引くと、掃除用具用ロッカーに押し込んだ。そして、ロベリア自身も入り、慌てて内側からロッカーの扉を閉める。
「ロベリア様!?」
驚くダグラスの口を手で塞ぐと「しっ! 静かに」と囁き、ロッカーの隙間から外の様子を除いた。一人の男子生徒が、誰かを探すように辺りを見回している。
(あれがレグリオのお兄さんかしら?)
ロッカーの中からでは良く見えないが、以前どこかで見たことがあるような顔だった。
(前にアランと一緒にいた人によく似ているわ)
アランはその男子生徒と「商談をする予定だった」と言っていた。
(商談ってもしかして、媚薬売買の商談?)
観察していると男子生徒は、手にロベリアが書いた白い封筒を持っていた。
(やっぱり、レグリオのお兄さんが媚薬売買の犯人……)
男子生徒はしばらく待っていたが、誰も来ないと分かると、来た道を戻っていった。ロベリアはため息をついた。
(どうしよう……どうしたらいいの?)
「うう」という苦しそうな声を聞いて、ロベリアはようやく、すぐ側にダグラスがいて、その口を手で塞いでいたことを思い出す。
「す、すみません!」
慌てて手を離すと、ダグラスが荒く息を吐いた。
「苦しかったですか?」
「……いえ、それよりもここから早く出ましょう」
ロベリアは「はい」と返事をしてロッカーの扉を押した。
「あれ?」
何回押しても錆びついたロッカーの扉がギシギシと嫌な音を立てるだけ。ロベリアはダグラスを見て半泣きになった。
「すみません、ロッカーの扉が壊れて……開かないです」
(やっぱり、レグリオのお兄さんなんて、ゲームには出てこなかったわよね)
それは別に不思議なことではなく、ゲームに出てこない人なんて、この世界にはたくさんいる。
(うーん、レグリオのフルネームが思い出せないわ。家名が分かったら、そこからお兄さんを探せるかもって思ったんだけど……。あ、そうか! 今から戻ってレナに聞けば……)
でも、それを聞いてレグリオの兄を見つけた所で、どうしたらいいのか分からない。
(待って、私。いったん、落ち着こう)
目を瞑って深呼吸すると、少しだけ落ち着いた。
(そうよ、まだレグリオのお兄さんが犯人って証拠があるわけじゃないからね。その可能性が大ってだけだから)
ロベリアは、自分の目の前にゲームのような選択肢が並んでいるような気がして、ノートに書き出した。
(私が今、できることは……)
①ソルに今回のことを、ありのまま報告する
②ソルに報告せず、お兄さんと同学年のカマルに相談してみる
③ソルに報告せず、ソルが『こちら側の人間』だと認めるアランに助けを求める
(うっ……どれを選んでも、大変なことになりそうで怖いわ……。選択肢を間違えたら死人が出そう……)
重く長いため息をつきながら、ロベリアはノートを静かに閉じた。
(とにかく、夕食のときに、リリーにレナの家名を聞けばいいんだわ。それから……)
改めてロベリアは、今できることではなく、自分がどうしたいか考えてみた。
(とにかく、信頼できる人に相談したいわ。信頼できる人……優秀で頼りになって、口が堅くて、助けてくれそうな人……)
そんな人は一人しかいない。
「ダグラス様……でも、そんなの無理よねぇ……。私、避けられているもの……」
夕食の時間になり、いつものようにリリーと二人で待ち合わせをして一緒に食事をした。その際に、レナの家名が『ストレイム』だと教えてもらう。
「レナのお家、子爵家なんだって」
「そうなのね」
家名が分かったので、ロベリアはレナの兄に匿名で手紙を出すことを思いついた。
手紙の内容はこうだ。
―― 例の薬を購入したい。
(この手紙を受け取ったレグリオのお兄さんが、指定の場所に現れたら、それはもう犯人よね。もし、犯人じゃなかったら、こんな怪しい手紙なんて無視するだろうし……。問題はどうやって、この手紙をレグリオのお兄さんに渡すかだわ)
男子寮に女子生徒は入れない。
『誰かにお願いしないと……』と思ったが、もう結論は出ていた。
*
次の日、朝早くロベリアは男子寮の前で待ち伏せしていた。
(この時間帯に、ダグラス様は剣術の稽古に行くということを私は知っている!)
誰がどうみてもストーカーだったが、躊躇っている時間はない。男子寮の入口から出て来たダグラスは、一瞬だけ、ロベリアのほうを見たが、立ち止まらずそのまま何事もなかったようにロベリアの前を通り過ぎる。
(……私、ものすごく、無視されているわ……)
分かってはいたが、こっちももう引き下がるわけにはいかない。早足のダグラスの後を、ロベリアは小走りでついていく。鍛錬場に行く道の途中でダグラスがピタリと足を止めた。
「何かご用でしょうか?」
振り返りもせず、それは相手を拒絶するような声だった。
(……これ、私、絶対に、嫌われているわね……。知っていたけど)
ロベリアは身体がズンと重くなり、目の前が暗くなったような気がした。
「あの……以前から、ダグラス様にはご迷惑をおかけしている自覚はあります。保健室に運んでいただいたり、アランを呼んでくださったり、無理やりハンカチを押しつけたり……」
ダグラスからの返事はない。
「でも、あの……もう一度だけ、私を助けていただけないでしょうか?」
必死に涙をこらえた。ここで泣いたら、うっとうしい女だと思われそうで怖かった。
「今回、助けていただいたら、もう二度とダグラス様にご迷惑をおかけしません。だから、どうか……」
振り返ったダグラスは怒っているように見えた。
「す、すみません」
謝ると、ポロリと一粒涙がこぼれてしまう。ダグラスはため息をつくと、自分の髪をぐしゃぐしゃと乱した。指の隙間から見えた瞳がとても困っているようだった。
「ロベリア様。本当に、これが最後……ですね?」
最後という言葉がロベリアの胸に刺さる。大好きな人に、最後にして欲しいと思われていることがつらい。
「はい。もうお声をかけません。こんな風にダグラス様を待ち伏せするような真似も決していたしません」
「分かりました。私は何をすれば良いでしょうか?」
ロベリアは制服のポケットから白い封筒を出した。
「これを、ダグラス様の同級生、ストレイム子爵家の令息に渡してほしいのです」
中には、『例の薬を購入したいので、一人で部活棟の裏に来て欲しい』と時間を指定して書いてある。
手紙を受け取ったダグラスに、「レオン=ストレイムのことですか?」と確認されたが、「名前は知りません。会ったこともないので」と正直に伝えた。
「手紙の内容を確認しても?」
「ダメです」
ダグラスが無言でこちらを見つめている。
「ロベリア様は、先ほど私に『助けてほしい』と言っていましたね? レオン=ストレイムに何かされているのですか?」
「違います! そうではありません」
またダグラスに、ため息をつかれてしまった。うつむいたロベリアは、この場から今すぐ消えてなくなりたいと思った。沈黙がとても重苦しい。
「分かりました。この手紙をレオンの部屋の扉に挟んできます。それで良いですね?」
「……はい。ご迷惑をおかけします」
(これでダグラス様とお話できるのも最後なのね……)
最後にしっかりと目に焼き付けておこうとダグラスを見ると、バチッと視線があった。ダグラスは慌てて視線を逸らし「では」とその場から早足に去っていく。
(失恋しただけでも悲しかったのに、もうダグラス様に二度と声をかけることすらできなくなってしまったわ……)
とても悲しかったけど、ロベリアの恋以外はまだ何も終わっていない。媚薬売買の犯人は捕まっていないし、リリーが幸せになることも確定していない。
(……私、頑張るから……)
次々に溢れ出る涙に『今は泣いている暇はないから。お願いだから出てこないで』と言い聞かせる。
(あとは、私が指定した場所の近くに隠れて、レグリオのお兄さんを待つだけね。お兄さんが来たら犯人。来なかったら、お兄さんは犯人じゃない可能性が高いから、一度ソルに相談しよう)
一晩中、一生懸命考えたが、それくらいしかロベリアには思いつかなかった。
ロベリアは一人、部活棟に向かった。部活棟の裏に来る人はめったにいない。だから、告白をする場所によく使われる場所でもあった。
(どこか、隠れられそうな場所は……)
見渡すと隅っこに掃除道具入れ用の錆びついたロッカーを見つけた。中を見ると、一本のホウキとチリトリが入っているだけで、人が隠れるにはちょうど良さそうだ。
(ここに隠れて、レグリオのお兄さんが来るのを待とう)
約束の時間までまだ少し余裕がある。それなのに、ザッザッと砂の上を歩く足音がしたので、ロベリアが慌てて振り返ると、そこにはダグラスがいた。
「え?」
ダグラスは、走ってきたのか息を乱しながら「レオンの扉に、手紙を挟んできました」と言う。
「あ、ありがとう、ございます。でも、どうしてここに?」
そう聞くと、何も言わず視線を逸らされてしまう。
(どうしよう、今ここに、お兄さんが来たらすごく困るわ)
なぜか立ち去ろうとしないダグラスをどうしたらいいのか分からない。二人の間に妙な沈黙が続いた。
「あの、ダグラス様……」
声をかけたそのとき、また別の足音がしたので、ロベリアは咄嗟にダグラスの腕を引くと、掃除用具用ロッカーに押し込んだ。そして、ロベリア自身も入り、慌てて内側からロッカーの扉を閉める。
「ロベリア様!?」
驚くダグラスの口を手で塞ぐと「しっ! 静かに」と囁き、ロッカーの隙間から外の様子を除いた。一人の男子生徒が、誰かを探すように辺りを見回している。
(あれがレグリオのお兄さんかしら?)
ロッカーの中からでは良く見えないが、以前どこかで見たことがあるような顔だった。
(前にアランと一緒にいた人によく似ているわ)
アランはその男子生徒と「商談をする予定だった」と言っていた。
(商談ってもしかして、媚薬売買の商談?)
観察していると男子生徒は、手にロベリアが書いた白い封筒を持っていた。
(やっぱり、レグリオのお兄さんが媚薬売買の犯人……)
男子生徒はしばらく待っていたが、誰も来ないと分かると、来た道を戻っていった。ロベリアはため息をついた。
(どうしよう……どうしたらいいの?)
「うう」という苦しそうな声を聞いて、ロベリアはようやく、すぐ側にダグラスがいて、その口を手で塞いでいたことを思い出す。
「す、すみません!」
慌てて手を離すと、ダグラスが荒く息を吐いた。
「苦しかったですか?」
「……いえ、それよりもここから早く出ましょう」
ロベリアは「はい」と返事をしてロッカーの扉を押した。
「あれ?」
何回押しても錆びついたロッカーの扉がギシギシと嫌な音を立てるだけ。ロベリアはダグラスを見て半泣きになった。
「すみません、ロッカーの扉が壊れて……開かないです」