【コミカライズ連載中】年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない

28 前髪を切りませんか?

 ロベリアは、大好きなダグラスに告白されたが、素直に喜べなかった。

(ダグラス様が、カマルに言われて私に謝りに来たからには、この告白もカマルの指示の可能性があるわ……)

 もし、ダグラスが本当にロベリアのことを好きでいてくれたとしても、ダグラスは『ロベリアがカマルの想い人だ』と勘違いしたときに一度、身を引いている。

(ダグラス様の心は、カマル次第なんだわ。私がダグラス様の告白を受け入れても、カマルが反対したらそれで終わり。ダグラス様はカマルの指示に従って必ず私を捨てるわ)

 ダグラスの一番は常にカマルであって、それは好意を寄せている女性より優先されることが分かってしまった。ゲーム内では、忠誠心が強いダグラスが素敵だったが、その忠誠心によって自分は切り捨てられる対象なのだと気がついた。

(でも、それって『リリーが一番大切』だと思っている私と同じなのよね)

 リリーの安全が確保できない今、真実はどうであれ、ダグラスの気持ちに向き合う余裕はない。

 ロベリアは、自分の恋心はひとまず横に置いた。

「申し訳ありませんが、ダグラス様のお言葉、今は信用できません。ですから、私のお願いが全て終わったとき、ダグラス様のお気持ちが変わっていなければ、もう一度お聞かせください。そのときに、お返事させていただきますね」

 ロベリアは自分でも『卑怯な答え方をしているわね』と思ったが、ダグラスからは予想外に「はい!」と嬉しそうな声が返ってきた。

(ダグラス様の、こういう忠犬っぽいところも……好き)

 思わずキュンとなってしまう。

 ロベリアは、いつまでもひざまずいているダグラスに立つようにお願いした。

「ダグラス様、さっそくですが、一つ目のお願いです」
「はい、なんでしょうか?」

「これからは、私がもう良いと言うまで、私とリリーの護衛をしてください」

 事情を聞かれるかと思ったが、ダグラスは「はい」とうなずく。

「いいのですか? 授業中や、私たちが女子寮にいる以外は、ずっと側にいてもらいますよ?」
「分かりました。そのように護衛を致します」

「あと、カマル殿下とは会いたくありません」
「はい、私にお任せください。殿下の行動パターンは頭に入っております」

 ロベリアがじっとダグラスを見つめると、ダグラスの顔は錆びついた機械のようにギッギッギッと右を向いていく。長い前髪で表情が分からず、避けられているのか、照れているのか分からない。

(ダグラス様に護衛をしてもらえると安心だけど、リリーはダグラス様のことをすごく怖がっているのよね……どうしようかしら?)

 ダグラスは、能力や強さは認められているが、なぜか外見の評価がとても低い。ロベリアが改めてダグラスを観察すると、背は高く、鍛えられた逞しい身体に惚れ惚れしてしまう。顔のラインも綺麗で鼻筋も通っている。

(あえて問題をあげるなら、髪……かな?)

 リリーは、ダグラスのことを『根暗そう』と言っていた。長い前髪がそういうイメージをつけてしまっているのかもしれない。

「ダグラス様の髪に、少しだけふれてもいいですか?」

 急にさわると嫌がられるかもしれないので、ロベリアが念のために確認すると、ダグラスの口がポカンと開いた。

「ダグラス様?」
「え? は、はい……どうぞ」

 さわりやすいように前かがみになってくれたダグラスの髪にそっとふれる。ふれたとたんにビクッとダグラスの身体が強張った。

(どうぞって言われたし、怒ってはいないわよね?)

 少し待っても苦情はこなかったので、ロベリアはそのまま髪にふれ続けた。

(うーん、やっぱりどう考えても前髪が長すぎるわよね)

 目元が隠れているせいで、ダグラスの感情は読み取りにくい。もしかしたら、周囲に『何を考えているのか分からない人』として怖がられてしまっている可能性もある。

(私だって、ダグラス様の本心が分からないもの……)

 ロベリアが、ダグラスの前髪を指ですくい、少し持ち上げると戸惑う黒い瞳と目が合った。

「ダグラス様、前髪を少し切りませんか?」

 どこかぼんやりしていたダグラスは、しばらく間を開けたあとに「え?」と驚く。

「前髪を……?」

 ゲームでのダグラスは自分の鋭い瞳を気にしていたので、現実のダグラスも、できればこのまま目を隠していたいようだ。

 ロベリアは戸惑うダグラスの前髪に指を差し入れ後ろに撫でつけた。ダグラスの瞳が大きく見開かれる。

(驚いているわね。やっぱり目元が見えたら何を考えているのか分かりやすいわ)

 しかも、長い前髪の下には整った凛々しい顔が隠されている。

「少しだけ、ダグラス様の前髪を短くしても良いですか?」

 ダグラスの黒い瞳が、動揺からかあちらこちらに彷徨っている。

「その、どうしても切らないといけないでしょうか?」
「いいえ、これはダグラス様へのお願いではなくただのご提案です。断ってくださってかまいません。ただ、ダグラス様のお顔も瞳もとても素敵なので、私がもっと良く見たいだけ……あっ」
 
 つい欲望に塗れた本音が出てしまい、それを誤魔化すためにロベリアがニッコリと微笑むと、ダグラスの頬が赤く染まった。

(あれ、照れている? 可愛い)

 ダグラスは黒い瞳を伏せると「ロベリア様がそうおっしゃるなら……」と前髪を切ることを許してくれた。聞いたものの本当に切らせてもらえると思っていなかったので、驚いてしまう。

「ほ、本当に良いんですか?」

 ダグラスは、さらに頬を赤く染めた。

「はい、私のことはどうしていただいても、かまいません。ですから、私からも一つご提案させてください。ロベリア様が現在困ってらっしゃることを、私にお聞かせ願えませんか? 私はロベリア様のお力になりたいのです」

 いつもは逸らされる黒い瞳が、ロベリアをまっすぐ射貫いていた。
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