【コミカライズ連載中】年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない

32 使えるものは全て使います①

 腕の中のレナが少し落ち着くとロベリアはレナに微笑みかけた。

「レナさん、本当にありがとう。私、リリーに話を聞いてみるわ」

 レナは、パァと表情を明るくすると「はい!」と元気なお返事をした。ロベリアは、レナと一緒に女子寮に戻り、リリーの部屋の扉をノックした。

「ロベリアよ。リリー、話がしたいの」

 中から返事は返って来ない。レナが「寝てしまったんでしょうか?」と不安そうな顔をする。

「そうね……。もう時間も遅いものね」

 ロベリアは固く閉ざされた扉に向かって「明日、また来るわね」と声をかけた。

「レナさん、ありがとう。リリーとは明日話してみるわ」
「はい」

 ホッとしたレナは、自室へと戻って行った。その後ろ姿を見送ったロベリアは、自分も自室へと戻る。寝る準備を整えてベッドに腰を下ろした。

(明日……絶対にリリーと話さないと。そうだわ、ソルにアランのことを相談して……。ダグラス様、大丈夫かしら? レナさんにも心配をかけてしまったわ……)

 眠たくて思考が定まらない。ロベリアは引き寄せられるようにベッドに横になった。まどろみの中で、乙女ゲーム『悠久の檻』のキャラクターたちが次々に現れていく。ふと、ロベリアは『主人公のリリーに選ばれなかった攻略対象者は、幸せになれたのかしら?』と思った。ゲームでは、彼らのその後が語られることはない。

(レナさん……天才レグリオは、『リリーは王族になる可能性が高い』と言っていたわ。もし、それが本当なら、カマルルートがリリーの幸せに繋がっているの?)

 ロベリアは、眠気でぼんやりする頭をゆるく振った。

(違うわ、この世界はゲームじゃない……私は悪役令嬢じゃないし、リリーだって主人公じゃないわ。リリーが何を望んでいて、何に幸せを感じるのか、リリー本人にちゃんと聞かないと……)

 ゲームではない世界だからこそ、もしかすると、ゲームシナリオとは異なる『皆が幸せになれる未来』があるのかもしれない。ロベリアは、そんなことを考えながら、深い眠りに落ちていった。

*

 次の日の朝。

 身支度を整えたロベリアは、すぐにリリーの部屋へ向かった。ノックをしても、リリーからの返事はない。

(疲れてまだ寝ているかもしれないし……仕方がないわね。授業が終わったらすぐに、リリーの教室に行きましょう)

 ロベリアは、そっとその場を離れて授業に向かった。

 午前の授業が終わると同時に、ロベリアが立ち上がると、教室の入口から名前を呼ばれた。

「ロベリア様!」
「レナさん!?」

 ロベリアが急いでレナに駆け寄ると、レナは瞳いっぱいに涙を浮かべている。

「リリーが授業に来なかったんです! クラスメイトや寮の子たちにも聞いたんですが、今日は誰もリリーを見ていないって。リリー、大丈夫でしょうか?」

(もしかして、昨日の夜からリリーは部屋に戻っていないの?)

 血の気が引くような感覚に襲われ、ドクドクと心臓が早鐘を打っている。

(しっかりするのよ、私!)

 ロベリアは、レナに「リリーが部屋の中にいるか確認してほしいの。女子寮を管理している先生に相談したらカギを開けてもらえると思うわ」と伝えると、レナは「分かりました!」と言って駆けて行った。

(私は、ソルを探そう)

 前にリリーがいなくなったとき、ダグラスと二人で学園内を必死に探してもリリーを見つけることはできなかった。この広い学園で、一人の生徒を探すのはとても難しい。

(でも、先生なら行動パターンがある程度、決まっているわ)

 この学園の教師は、授業をしていないときは、学園内に割り当てられた研究室にいることが多い。ロベリアは、急いでソルの研究室に向かった。

(学年が違うし、授業を受けたこともないソルの研究室に私が行くことはおかしいけど、今はそんなことを言っている場合じゃない!)

 ソルの研究室の場所は、ゲームの知識として知っていたので、すぐに分かった。午前の授業が終わり昼休みになった研究室前は、他の教師や教師に用がある生徒で賑わっていた。

 ロベリアは、ソルの研究室の扉をノックした。中から「はい」と返事が返ってきて、すぐに扉が開かれた。

「……あれ?」

 中にいたのは、どこかで見たことのあるような男子生徒だった。ブラウンの瞳と髪で、穏やかそうな顔をしている生徒は「ブランカー先生にご用ですか?」と聞いてきた。

「あ、はい」

 男子生徒の後ろからソルの声がした。

「レオンくん、急用ができました。今日はここまでです」

 レオンと呼ばれた男子生徒は、「はい」と答えると、ソルの急用を探ることもせず、嫌な顔ひとつせず研究室から去って行った。

「先生、レオンって、まさか今の人が?」

 ソルはロベリアを研究室に招き入れ扉を閉めた。

「そうですよ。彼が良い趣味している媚薬売買事件の犯人レオンくんです」
「ええっ? あんなに普通で穏やかそうな人が!?」

 弟のレグリオが美少女にしか見えない美少年なのに、兄の外見は庶民だと言われても納得してしまうほど平凡だった。

 ソルは「ですよね。ああいうタイプが、一番、暗躍に向いているんですよねぇ。私の元職場にスカウトしたいくらいですよ」と不穏なことを言う。ちなみに、ソルの元職場は王の護衛暗殺部隊だ。

「せ、先生は、お医者さんを育てているんですよね?」
「……もちろんですよ」
「妙な間(ま)を開けないでください!」

 ククッと低く笑ったソルは「で? ロベリアさんのご用件は? あ、ダグラスくんや、アランくんの謹慎を解いてほしいというのはダメですよ?」と言った。

「その件は、今はいいです。先生、それより私に力を貸してください!」

 ソルは流れるような仕草でひざまずくと「我が太陽。なんなりとご命令を」と、深く頭を下げた。

「命令、ではないんですけど……」

 ひざまずいたソルは「命令じゃないと聞きません」と、キリッとした顔で言い切った。

「も、もう! 先生、今はふざけている場合じゃなくて……」
「私はいつでも真剣ですよ。我が太陽は、私に命令するんですか? しないんですか? しないんなら帰ってもらえますか?」

「ど、どうしてそんなに命令にこだわるんですか!? ああ、もうっ! 分かりましたよ、命令です! リリーがいなくなってしまったんです。先生、リリーを探してください!」

 ソルはもう一度深く頭を下げると「御意」と無機質な声で返事をした。

「先生、アランは危険です! リリーはアランに何かされたのかもしれません」
「なるほど。では、私はアランくんがちゃんと部屋にいるか見て来ます。リリーさんは、私の同士に探してもらいましょう」
「同士?」
「はい、この学園には、私と同じく我が太陽を熱く信仰している同志がたくさんいますからね」
「何を言って……?」

 ソルは襟首についている、太陽が象(かたど)られたピンバッチを指さした。

「貴女のファンクラブ会員の証(あかし)です。先生が作って会員すべてに支給しました」
「な、何をしているんですか、先生?」
「こういうものがあったほうが、結束が強くなるのですよ」
「結束して、何をするつもりですか?」

 立ち上がったソルは「そのピンバッチを付けている生徒に、リリーさんを探させてください。ファンクラブ会員の規律で、貴女が困っていたら絶対に助けることになっていますので」と言うと、研究室から出て行ってしまった。

(そ、そんなこと言われても……どうしたらいいの?)

 とりあえず、研究室から出てロベリアは辺りを見回しながら庭園まで歩いた。

(本当にピンバッチをつけた人なんているの? ……あ、いた)

 大きな木の下のベンチに座っている男女二人組の襟元に、ソルと同じようなピンバッチが輝いている。チラチラとこちらを見ているような気もしなくはない。

(でも、本当にファンクラブの会員なのかしら? 私には普通のカップルに見えるけど……? そもそも女性の会員っているの?)

「あ、あの……」

 ロベリアが恐る恐る話しかけると、二人の生徒は「う、うわぁあ!?」「きゃあ!?」と叫んだ。

「俺たちの視線がご不快でしたか!? すみません、すみません! 」
「お、お許しください!」
「え? 違うわ、そうじゃなくて。その、助けてほしいの」

 ダメ元でお願いすると、生徒たちは顔を見合わせたあと「もちろんです!」「どうされましたか!?」と前のめりぎみに聞いてくれた。

「実は、私の妹のリリーがいなくなってしまったの。一緒に探してほしくて」
「分かりました! 俺、他の会員も呼んできます!」

 そう言って、男子生徒は走り去り、残った女子生徒は「ロベリア様は、ここでお待ちください」とベンチを譲ってくれた。

「ありがとう。あの、貴女もファンクラブの会員なの?」

 そう尋ねると、女生徒は顔を真っ赤にして瞳をキラキラさせ「は、はい! 私も他の会員を呼んできますね!」と走り去った。
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