【コミカライズ連載中】年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない
34 法を守る悪を裁く方法
「リリー!」
ロベリアはリリーに呼びかけたが、リリーは膝を抱えてうつむいたままだった。
アランが、優しくリリーの髪をなでた。
「ねぇリリー。ロベリアが呼んでいるよ?」
ゆっくりと顔を上げたリリーは、うつろな目をしていた。
「……お、ねぇさ、ま?」
まるで小さな子どものように舌足らずに話したリリーは震え出した。
「こ、わい! こわいよぉ! アランたすけて!」
リリーはアランの腕にしがみつくと泣き出した。そんなリリーをアランは愛(いと)しそうに見つめている。
「大丈夫だよ、リリー。これからは、ロベリアの代わりに僕が側にいてあげる」
「アラン、ずっといっしょにいて。わたしを、みすてないで」
明らかに様子がおかしいリリーを、アランは優しく抱きしめた。
「可愛いね。僕だけのものになったリリーは」
その甘ったるい声を聞いて、リリーがおかしくなったのはアランのせいだと確信し、ロベリアは全身の血が沸き上がるような怒りを感じた。
「アラン……リリーから離れて」
アランは何が楽しいのかクスクスと笑っている。
「ロベリア、そんなに怒らないでよ。これからは、ロベリアの代わりに僕がリリーを可愛がってあげる」
「……リリーに何を吹き込んだの?」
「人聞きが悪いなぁ。リリーがこうなったのは、ロベリアのせいだよ? リリーはダグラスを嫌っていたのに、それを無視して君がダグラスと仲良くするから。僕は悲しんでいるリリーの話を聞いて優しく慰めてあげただけ」
爽やかに微笑むアランとまともに会話をすることをロベリアはあきらめた。アランを睨みつけたまま、左横に控えているダグラスに声をかける。
「ダグラス様、お願いです。リリーをアランから引き離してください」
「分かりました」
返事と同時にダグラスは地を蹴っていた。
アランは、腕にしがみついていたリリーの両肩を持ち、信じられないことにリリーを自分の盾代わりにした。
「暴力反対だよ。これ以上僕に近づいたら、ビックリしてリリーの首を締めちゃうかも?」
一瞬だけダグラスは驚いたようだったが、さらに素早く距離を詰めてリリーの肩に置かれていたアランの両腕を叩き落した。そして、フラついたリリーを片手で抱きとめると、軽々とリリーを抱き上げ何事もなかったようにロベリアの前に戻ってくる。
「リリー様を奪還しました」
リリーはダグラスの腕の中で気を失っていた。
「ありがとうございます」
ロベリアがお礼を言うと、アランは「いった!? もう、ダグラスは強すぎて存在がズルいよ!」と拗(す)ねた。そんなアランをロベリアは睨みつける。
「貴方の存在も、たいがいズルいと思うけど?」
「……なんのこと?」
「アラン、貴方はとても優秀だわ。でも、その『人を話術で簡単に操れる技術』をもっと平和なことに使えないの?」
「なーんだ、ロベリアは気がついていたの? どうりで僕の思い通りにならないわけだ」
楽しそうにアランは笑う。
「ロベリア、そんなに怒らないで、これは全てゲームだよ。ロベリアも『ゲームの難易度を下げたらつまらない』って言っていたでしょう?」
「アラン、これはゲームではないわ」
「違うよ、これはゲームだよ。だって、僕が何をしようと誰も僕を罰せられないんだもの。僕は公爵家の嫡男だし、顔も性格もとても良いよ。今回だって、リリーを一人にするのが心配で、ずっと側にいてあげたんだ。優しい僕は、何ひとつやましいことはしていないよ」
アランは「まぁ、今回は謹慎中に外に出たことを怒られるくらいかな?」と肩をすくめた。
「ねぇロベリア教えてよ。いったい僕がリリーにどんな酷いことをしたって言うの? 僕は何一つ法を犯していないよ」
言葉の通り、アランは法にふれるようなことは何もしていない。
(きっと私を悪役令嬢に落とそうとしたときのように、悩んでいるリリーに優しく語りかけて、心の隙間に入り込んだのね)
そうだと分かっていても何も証拠がないので、アランの罪を裁くことはできない。
今回のことはアランの言う通り、他人から見れば『リリーを一人にするのが心配で、一晩中側にいてあげた優しい幼馴染』という美談だった。
「……そうね。だったら、アランはどうしたらリリーから手を引いてくれるのかしら?」
腕を組んだアランは「うーん、じゃあロベリアが僕のものになってよ」と、爽やかに提案した。ダグラスが「なっ!?」と驚いているが、ロベリアも予想外すぎてポカンと口を開けた。
「アラン。貴方、リリーのことが好きなんじゃないの?」
「うん、大好きだよ」
「だったら……」
「僕はね、ロベリアも大好きなんだ。だって君たち姉妹は、妖精のように幻想的で綺麗なんだもの。両方ほしくなっちゃうでしょう?」
ダグラスからは「貴様……」と殺気を無理やり抑え込んだような声が聞こえた。
(ああ、アランは、こういう感じなのね)
ゲーム『悠久の檻』の中では、裏ルートのアランは、殺害したロベリアをホルマリン漬けにしてリリーにプレゼントする。そのときに『ほら、これでロベリアと仲直りできたね。やっぱり君たちは仲良しじゃないと』と優しい笑みを浮かべていた。
(アランは、私たち姉妹をコレクションしたいんだわ。そういえば、アランは子どものころから『ロベリアとリリーは妖精さんなの?』って言っていたわね)
まるで昆虫採集でもするように、妖精姉妹を捕まえて標本にして飾りたいのかもしれない。
(手に入れば満足で、私たちの生死は問わないのね。さすがサイコパス)
そして、アランに洗脳されておかしくなっているリリーを見る限り、心身の健康を損なっていても良いらしい。
「悪趣味ね」
「そうかな?」
少しも悪びれないアランを見て、ロベリアはため息をついた。
「アラン、貴方の育った公爵家の家庭環境が複雑だったことは知っているわ。だから、貴方が危ない人だと分かっていても、心のどこかで少しだけ、こうすることを躊躇(ためら)ってしまっていたのかもしれない」
「なんのこと?」
ロベリアは、まっすぐアランを見つめた。
「アラン、貴方は確かに法を守っているけど、貴方のやっていることは悪だわ」
「だったらどうするの?」
「何もしないわ。……私はね」
ロベリアは、今もどこかに潜んでいるはずのソルに向かって淡々と告げた。
「命令です。アランを徹底的に再教育してください」
ロベリアのすぐ側の垣根から、無機質な声で「御意(ぎょい)」と聞こえた。
まだ現状を把握していないアランは「ええっ? ロベリア、急にどうしたの?」と楽しそうだ。
「アラン、良いことを教えてあげるわ。『法を守るずる賢い悪』をこらしめる方法が、この世にはあるのよ」
「何を言って?」
「簡単よ。『法を守らない容赦なき善』を頼ればいいの」
とたんにアランの背後の生垣から黒い手袋をした両腕が伸びた。背後から口を塞がれたアランは、知的なグレイの瞳をこれでもかと見開きながら、生垣の中に引きずり込まれていく。
アランの姿が見えなくなると辺りは静まり返った。
隣にいるダグラスは、眠るリリーを抱きかかえながら「……ろ、ロベリア様」と戸惑っている。
「ダグラス様、驚かせてすみません。アランのことは知り合いに任せました」
「し、知り合い、な、なるほど」
何度もうなずくダグラスは、必死に現状を受け入れようとしているようだった。
「ダグラス様、お話はあとでしましょう。私からの最後のお願いです、リリーを保健室へ運んでください。ファンクラブの方たちにリリーが見つかったことを伝えたら、私もすぐに保健室へ向かいます」
「最後のお願い……。はい!」
ダグラスは真剣な表情でうなずくと、その場から走り去った。
ロベリアはリリーを探すことを手伝ってくれたファンクラブの会員たちに、お礼を伝えると皆から拍手が沸き起こった。
「良かったです!」
「またいつでも頼ってくださいね!」
「お役にたてて光栄です!」
ファンクラブの会長が右手を上げると、ピタリと拍手が止んだ。
「では、私たちはこれで」
ロベリアは、とっさに会長の制服のそでをつかんだ。
「あの会長さん!」
「うぉおわぇえええええ!? な、な、なんでしょうか?」
それまで冷静だった会長は別人のように動揺している。ロベリアは「よければファンクラブの会報誌、私にも一冊いただけませんか?」とお願いした。
「も、もちろんです!」
「ありがとうございます」
ニッコリと微笑んだロベリアは『リリーのところだけ切り抜いてスクラップを作ろう』と密かに心を弾ませた。
ロベリアはリリーに呼びかけたが、リリーは膝を抱えてうつむいたままだった。
アランが、優しくリリーの髪をなでた。
「ねぇリリー。ロベリアが呼んでいるよ?」
ゆっくりと顔を上げたリリーは、うつろな目をしていた。
「……お、ねぇさ、ま?」
まるで小さな子どものように舌足らずに話したリリーは震え出した。
「こ、わい! こわいよぉ! アランたすけて!」
リリーはアランの腕にしがみつくと泣き出した。そんなリリーをアランは愛(いと)しそうに見つめている。
「大丈夫だよ、リリー。これからは、ロベリアの代わりに僕が側にいてあげる」
「アラン、ずっといっしょにいて。わたしを、みすてないで」
明らかに様子がおかしいリリーを、アランは優しく抱きしめた。
「可愛いね。僕だけのものになったリリーは」
その甘ったるい声を聞いて、リリーがおかしくなったのはアランのせいだと確信し、ロベリアは全身の血が沸き上がるような怒りを感じた。
「アラン……リリーから離れて」
アランは何が楽しいのかクスクスと笑っている。
「ロベリア、そんなに怒らないでよ。これからは、ロベリアの代わりに僕がリリーを可愛がってあげる」
「……リリーに何を吹き込んだの?」
「人聞きが悪いなぁ。リリーがこうなったのは、ロベリアのせいだよ? リリーはダグラスを嫌っていたのに、それを無視して君がダグラスと仲良くするから。僕は悲しんでいるリリーの話を聞いて優しく慰めてあげただけ」
爽やかに微笑むアランとまともに会話をすることをロベリアはあきらめた。アランを睨みつけたまま、左横に控えているダグラスに声をかける。
「ダグラス様、お願いです。リリーをアランから引き離してください」
「分かりました」
返事と同時にダグラスは地を蹴っていた。
アランは、腕にしがみついていたリリーの両肩を持ち、信じられないことにリリーを自分の盾代わりにした。
「暴力反対だよ。これ以上僕に近づいたら、ビックリしてリリーの首を締めちゃうかも?」
一瞬だけダグラスは驚いたようだったが、さらに素早く距離を詰めてリリーの肩に置かれていたアランの両腕を叩き落した。そして、フラついたリリーを片手で抱きとめると、軽々とリリーを抱き上げ何事もなかったようにロベリアの前に戻ってくる。
「リリー様を奪還しました」
リリーはダグラスの腕の中で気を失っていた。
「ありがとうございます」
ロベリアがお礼を言うと、アランは「いった!? もう、ダグラスは強すぎて存在がズルいよ!」と拗(す)ねた。そんなアランをロベリアは睨みつける。
「貴方の存在も、たいがいズルいと思うけど?」
「……なんのこと?」
「アラン、貴方はとても優秀だわ。でも、その『人を話術で簡単に操れる技術』をもっと平和なことに使えないの?」
「なーんだ、ロベリアは気がついていたの? どうりで僕の思い通りにならないわけだ」
楽しそうにアランは笑う。
「ロベリア、そんなに怒らないで、これは全てゲームだよ。ロベリアも『ゲームの難易度を下げたらつまらない』って言っていたでしょう?」
「アラン、これはゲームではないわ」
「違うよ、これはゲームだよ。だって、僕が何をしようと誰も僕を罰せられないんだもの。僕は公爵家の嫡男だし、顔も性格もとても良いよ。今回だって、リリーを一人にするのが心配で、ずっと側にいてあげたんだ。優しい僕は、何ひとつやましいことはしていないよ」
アランは「まぁ、今回は謹慎中に外に出たことを怒られるくらいかな?」と肩をすくめた。
「ねぇロベリア教えてよ。いったい僕がリリーにどんな酷いことをしたって言うの? 僕は何一つ法を犯していないよ」
言葉の通り、アランは法にふれるようなことは何もしていない。
(きっと私を悪役令嬢に落とそうとしたときのように、悩んでいるリリーに優しく語りかけて、心の隙間に入り込んだのね)
そうだと分かっていても何も証拠がないので、アランの罪を裁くことはできない。
今回のことはアランの言う通り、他人から見れば『リリーを一人にするのが心配で、一晩中側にいてあげた優しい幼馴染』という美談だった。
「……そうね。だったら、アランはどうしたらリリーから手を引いてくれるのかしら?」
腕を組んだアランは「うーん、じゃあロベリアが僕のものになってよ」と、爽やかに提案した。ダグラスが「なっ!?」と驚いているが、ロベリアも予想外すぎてポカンと口を開けた。
「アラン。貴方、リリーのことが好きなんじゃないの?」
「うん、大好きだよ」
「だったら……」
「僕はね、ロベリアも大好きなんだ。だって君たち姉妹は、妖精のように幻想的で綺麗なんだもの。両方ほしくなっちゃうでしょう?」
ダグラスからは「貴様……」と殺気を無理やり抑え込んだような声が聞こえた。
(ああ、アランは、こういう感じなのね)
ゲーム『悠久の檻』の中では、裏ルートのアランは、殺害したロベリアをホルマリン漬けにしてリリーにプレゼントする。そのときに『ほら、これでロベリアと仲直りできたね。やっぱり君たちは仲良しじゃないと』と優しい笑みを浮かべていた。
(アランは、私たち姉妹をコレクションしたいんだわ。そういえば、アランは子どものころから『ロベリアとリリーは妖精さんなの?』って言っていたわね)
まるで昆虫採集でもするように、妖精姉妹を捕まえて標本にして飾りたいのかもしれない。
(手に入れば満足で、私たちの生死は問わないのね。さすがサイコパス)
そして、アランに洗脳されておかしくなっているリリーを見る限り、心身の健康を損なっていても良いらしい。
「悪趣味ね」
「そうかな?」
少しも悪びれないアランを見て、ロベリアはため息をついた。
「アラン、貴方の育った公爵家の家庭環境が複雑だったことは知っているわ。だから、貴方が危ない人だと分かっていても、心のどこかで少しだけ、こうすることを躊躇(ためら)ってしまっていたのかもしれない」
「なんのこと?」
ロベリアは、まっすぐアランを見つめた。
「アラン、貴方は確かに法を守っているけど、貴方のやっていることは悪だわ」
「だったらどうするの?」
「何もしないわ。……私はね」
ロベリアは、今もどこかに潜んでいるはずのソルに向かって淡々と告げた。
「命令です。アランを徹底的に再教育してください」
ロベリアのすぐ側の垣根から、無機質な声で「御意(ぎょい)」と聞こえた。
まだ現状を把握していないアランは「ええっ? ロベリア、急にどうしたの?」と楽しそうだ。
「アラン、良いことを教えてあげるわ。『法を守るずる賢い悪』をこらしめる方法が、この世にはあるのよ」
「何を言って?」
「簡単よ。『法を守らない容赦なき善』を頼ればいいの」
とたんにアランの背後の生垣から黒い手袋をした両腕が伸びた。背後から口を塞がれたアランは、知的なグレイの瞳をこれでもかと見開きながら、生垣の中に引きずり込まれていく。
アランの姿が見えなくなると辺りは静まり返った。
隣にいるダグラスは、眠るリリーを抱きかかえながら「……ろ、ロベリア様」と戸惑っている。
「ダグラス様、驚かせてすみません。アランのことは知り合いに任せました」
「し、知り合い、な、なるほど」
何度もうなずくダグラスは、必死に現状を受け入れようとしているようだった。
「ダグラス様、お話はあとでしましょう。私からの最後のお願いです、リリーを保健室へ運んでください。ファンクラブの方たちにリリーが見つかったことを伝えたら、私もすぐに保健室へ向かいます」
「最後のお願い……。はい!」
ダグラスは真剣な表情でうなずくと、その場から走り去った。
ロベリアはリリーを探すことを手伝ってくれたファンクラブの会員たちに、お礼を伝えると皆から拍手が沸き起こった。
「良かったです!」
「またいつでも頼ってくださいね!」
「お役にたてて光栄です!」
ファンクラブの会長が右手を上げると、ピタリと拍手が止んだ。
「では、私たちはこれで」
ロベリアは、とっさに会長の制服のそでをつかんだ。
「あの会長さん!」
「うぉおわぇえええええ!? な、な、なんでしょうか?」
それまで冷静だった会長は別人のように動揺している。ロベリアは「よければファンクラブの会報誌、私にも一冊いただけませんか?」とお願いした。
「も、もちろんです!」
「ありがとうございます」
ニッコリと微笑んだロベリアは『リリーのところだけ切り抜いてスクラップを作ろう』と密かに心を弾ませた。