【コミカライズ連載中】年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない
【コミカライズ記念連載】07 家族との対面
学園が長期休暇に入ったと同時に、学生たちは続々と学園をあとにした。
リリーは実家のディセントラ侯爵家には寄らず、カマルと共に王城に向かうようだ。
王宮から真っ白で豪華な馬車が二人を迎えに来ている。
見送りに出ていたロベリアは「お父様が一度、家に寄るように言っていたけど……」と遠慮がちに伝えた。
振りかえったリリーは「嫌よ。私はなんの用もないのに」と頬をふくらませる。そんなリリーの肩を婚約者のカマルが抱き寄せた。
「ディセントラ侯爵には、あとで私から伝えておくよ」
「ありがとう、カマル」
リリーに満面の笑みでお礼を言ってもらったカマルは、まんざらでもないような顔をしている。
(この二人、本当に仲が良いのよね。今のカマル殿下になら、リリーを安心して任せられるわ)
カマルは側に控えていたダグラスを振りかえった。
「休暇中は別行動だな」
「はい」
「いつも感謝している。楽しんでくれ」
礼儀正しく頭を下げたダグラス。その会話の間に、リリーはカマルの手からするりと抜け出しロベリアに抱き着いた。
「やっぱりお姉様も一緒に行きましょうよ! お姉様に会えなくなるのはつらすぎるわ」
涙を浮かべるリリーの頭を、ロベリアは優しくなでる。
「長期休暇はいつも一緒に過ごしていたものね」
「あーん、お姉様がいない休暇なんて休暇じゃないわぁ!」
大きな瞳に涙をためているリリーの肩をカマルが再び抱き寄せる。
「はいはい、休暇中はダグラスと過ごさせてあげようね」
「でもっ」
「ロベリアにとって、ダグラスの両親との顔合わせは、とても大切なことなんだよ。それはわかるよね?」
しばらく黙っていたリリーは小さくうなずいた。そんなリリーの髪をカマルが優しくなでる。
「大丈夫、君がロベリアのことを一番大切に思っているように、ロベリアが一番大切に思っているのも君だよ。……私達は複雑な気分だけどね」
カマルは、チラッとダグラスを見てからため息をつく。
「だから、リリー。ロベリアを信じて」
「わ、私はいつだってお姉様を信じているわよ!」
「だったら、休暇中は離れていても大丈夫だよね?」
「もちろんよ! お姉様の愛を信じずにいったい何を信じるの!?」
その言葉にカマルは輝くような笑みを浮かべ、リリーはハッと口を手でふさいだ。
「じゃあ、行こうか。リリー」
「うっ」
ここで『行かない』と言えば、リリーはロベリアの愛を疑っていることになってしまう。
(殿下は、リリーのことをよくわかってくださっているわ)
婚約当初は、リリーに振り回されぎみだったカマルも、今ではすっかりリリーの扱いがうまくなっている。
何も言い返せなくなったリリーは、売られていく子牛のような瞳をロベリアに向けた。
そんなリリーにロベリアは小さく手をふる。
「リリー、長期休暇が終わったら、たくさんお話しましょうね。あなたがお城でどう過ごしたか知りたいわ」
「お姉様……うん!」
ようやく笑顔になったリリーは、手を振って馬車に乗り込んだ。
二人が乗り込んだ馬車を、ロベリアとダグラスは並んで見送る。馬車が見えなくなったころにダグラスがようやく口を開いた。
「ロベリアは、このあとどうする予定なんだ?」
「私は……」
父であるディセントラ侯爵からの手紙には、バルト領に向かう前に必ず家に寄るようにと書かれていた。
「一度、お父様にご挨拶をしてからバルト領に向かうわ」
「そうか、なら私も行こう」
「だから、ダグラスは先に……え?」
驚きで見開いたロベリアの瞳をダグラスがまっすぐ見つめている。
「ディセントラ侯爵は、今は領地ではなく王都にある邸宅にいらっしゃると聞いている。王都を出る前に、私もご挨拶に行っていいだろうか?」
「で、でも……父は……」
ロベリアは『ダグラスのことを良く思っていない』という言葉を飲み込んだ。
(私達の婚約は、あくまでリリーを王妃にするためのもので、お父様はカマル殿下からの要求を嫌々飲んだ形だから……。きっとダグラス様は嫌な気分になってしまうわ)
「いえ、私ひとりで行きます」
顔が強張っているロベリアの手をダグラスが優しくにぎった。
「私達の婚約は、ディセントラ侯爵に良く思われていない。あなたが嫌な目に遭うかもしれない。だから一緒に行かせてほしい」
「ダグラス……」
すべてわかった上で、守ってくれようとしていると気がつきロベリアの瞳に涙が浮かんだ。
(守ってもらうって、こんな気分なのね)
くすぐったくてあったかい。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
ダグラスと一緒なら何も怖くないとロベリアは思った。
ディセントラ侯爵家から迎えに来ていた馬車に、ロベリアとダグラスは乗り込んだ。
この国の公爵家や侯爵家は、王城の近くに大きな邸宅を構えていることが多い。ディセントラ侯爵家もそうした家のひとつだった。
馬車はあっという間にディセントラ侯爵家に着いた。
ダグラスにエスコートされたロベリアが馬車から降りると、使用人やメイド達がずらりと並んで出迎えていた。皆、頭を下げて誰一人、口を開こうとしない。
(この家は相変わらずね)
貴族らしい貴族が暮らす家。
同じ貴族でも侯爵家と伯爵家ではまったく違う。しかし、ダグラスは少しも動揺せずに堂々としていた。
(ダグラス様は、カマル殿下の護衛をしているから、こういう場に慣れているのかも?)
ロベリアの視線に気がついたダグラスは少しだけ口元をゆるめた。その笑みにロベリアの胸がきゅんとなる。
(素敵すぎ!)
家につくなりすぐに「ディセントラ侯爵がお待ちです」と使用人に案内される。
(お父様に何を言われるのかしら? 私達の婚約のせいで、機嫌が悪いことだけは確かね)
部屋にロベリアとダグラスが入ると、予想通り冷たい顔をしたディセントラ侯爵が二人を出迎えた。
そんな父にロベリアは頭を下げる。
「ただいま戻り――」
「リリーは?」
まるで必要なこと以外話すなというディセントラ侯爵の態度を見て、ダグラスからピリッとした空気を感じる。
(いつもどおりのお父様ね)
ロベリアは内心ため息をつきつつ、ここにリリーがいなくて良かったと安堵した。
「リリーは家に寄らず、直接王城へ向かいました。のちほどカマル殿下からお父様にお言葉があるそうです」
「そうか。ロベリア、お前はリリーの後を追い王城へ行くんだ。リリーはお前ほど出来が良くない。一人では恥をかくだけだ」
「リリーは立派な淑女です」
「お前の意見など聞いていない」
静かだが威圧感のある言葉にロベリアは少しうつむいた。そんなロベリアをかばうようにダグラスが一歩前に出る。
「お言葉ですが、カマル殿下から長期休暇中、リリー様は王城へ、ロベリアはバルト伯爵領へ向かうと通達があったはずです」
「なんだ、お前は?」
ディセントラ侯爵に鋭く睨みつけられてもダグラスは動揺すらしない。
「バルト伯爵の三男ダグラスと申します。ロベリアの婚約者です」
「お前が……」
ダグラスの顔すら知らなかったようで、ディセントラ侯爵の眉間に深いシワがよる。殺意に近い感情を向けられてもダグラスは顔色ひとつ変えなかった。
空気がビリビリとする中でロベリアは『ケ、ケンカになったらどうしましょう……』と二人の顔をチラチラと見ている。
先に折れたのは予想外にディセントラ侯爵だった。忌々し気にため息をついたあと「勝手にしろ」と吐き捨てるように言う。
その言葉にダグラスは納得できなかったようだ。
「勝手ではありません。この件は、カマル殿下より正式に――」
「は、はい! 勝手にさせていただきますわ!」
ロベリアはダグラスをグイグイと押して部屋の外に出した。扉を閉めて息を吐く。
「ロベリア、まだ話が終わってなっ――」
興奮しているダグラスの唇に、ロベリアは一指し指を当てた。
「静かに。お父様の気が変わらないうちにバルト領に向かいましょう」
「しかしっ!」
「お願い」
「うっ」
顔を真っ赤にしながら「そのお願いはずるい」とブツブツ言っているダグラスの腕を引いて、ロベリアは馬車まで戻った。
降りたと思ったらすぐに戻ってきたロベリア達を見て、馬車の御者はポカンと口を開けている。
ロベリアが「学園までお願い」と伝えると、御者は「は、はい」と戸惑いながら馬車の扉を閉めた。
向かいに座るダグラスは不機嫌そうだ。
「お父様がごめんなさい」
「いや、ロベリアが謝ることではない! それに私が怒っているのは侯爵のロベリアへの態度だ」
「私への?」
前世の記憶を持っているロベリアからすればディセントラ侯爵の娘への態度はひどいと思う。でも、この世界で生きてきたロベリアの記憶からすれば、貴族はどこもあんなものだと知っている。
「お父様は、ぶたないからマシなほうよ」
父なりに政治の道具として娘を大切に育ててくれた。その結果、ロベリアとリリーは、手だけはあげられたことはない。
ロベリアの言葉を聞いたダグラスの顔が見たことないくらい怖くなる。
「ダ、ダグラス?」
「……リリー様が『貴族女性がもっと自由に生きられる世の中にしたい』と言っていたのはこういうことだったのか……」
グッと握られたダグラスの手には血管が浮いている。
「私はその言葉の意味が、今まで良くわかっていなかった」
(ダグラス様はご両親共に騎士だから他の貴族と違うのかも?)
「ロベリアが実の父からあんな扱いを受けているなんて……。それが、他の家でも普通のことだなんて……」
ロベリアはダグラスの隣に移動し、握られた拳にそっと手を重ねた。
「これからはきっと変わっていくわ。学園内では、男女ともに楽しく過ごせているでしょう?」
両親の世代では、学園は男女別々できっぱりと分けられていた。それが10年ほど前に統合されてダンスレッスンなど一部の授業を合同で受けるようになった。今の学園内では、寮は分けられているものの、男女ともに自由に過ごすことができる。
「男女の交流が増えたせいかしら? 学園の男子生徒はお父様世代の方々とは雰囲気が違うもの」
「確かに……」
「それに、これからカマル殿下やリリーが変えてくれるわ。私達はそれをしっかりと支えましょう」
「ああ、そうだな」
難しい顔でうなずくダグラスに、ロベリアは「ふふっ」と微笑むながらもたれかかった。
「ロベリア?」
戸惑っているダグラスの腕にロベリアは自分の腕をからめる。
「ロ、ロベリア!?」
「私のために怒ってくれてありがとう。すごくかっこよかった」
学園に戻るまでの間、真っ赤になったダグラスから「少し、は、離れ……」とか「ぐっ」とか聞こえてきたけど、ロベリアは聞こえないふりをした。
つづく
***
【以下、宣伝】
ここまで読んでくださりありがとうございました!
このお話はまだつづくのですが、今はここまです。
次回は、来年のコミックス3巻が発売されるときの更新になると思います。
5/7に、藤こよみ先生によるコミカライズのコミックス2巻が発売します!
先生にからまれて(?)いるロベリアが目印の素敵な表紙です♪
どうぞよろしくお願いします
リリーは実家のディセントラ侯爵家には寄らず、カマルと共に王城に向かうようだ。
王宮から真っ白で豪華な馬車が二人を迎えに来ている。
見送りに出ていたロベリアは「お父様が一度、家に寄るように言っていたけど……」と遠慮がちに伝えた。
振りかえったリリーは「嫌よ。私はなんの用もないのに」と頬をふくらませる。そんなリリーの肩を婚約者のカマルが抱き寄せた。
「ディセントラ侯爵には、あとで私から伝えておくよ」
「ありがとう、カマル」
リリーに満面の笑みでお礼を言ってもらったカマルは、まんざらでもないような顔をしている。
(この二人、本当に仲が良いのよね。今のカマル殿下になら、リリーを安心して任せられるわ)
カマルは側に控えていたダグラスを振りかえった。
「休暇中は別行動だな」
「はい」
「いつも感謝している。楽しんでくれ」
礼儀正しく頭を下げたダグラス。その会話の間に、リリーはカマルの手からするりと抜け出しロベリアに抱き着いた。
「やっぱりお姉様も一緒に行きましょうよ! お姉様に会えなくなるのはつらすぎるわ」
涙を浮かべるリリーの頭を、ロベリアは優しくなでる。
「長期休暇はいつも一緒に過ごしていたものね」
「あーん、お姉様がいない休暇なんて休暇じゃないわぁ!」
大きな瞳に涙をためているリリーの肩をカマルが再び抱き寄せる。
「はいはい、休暇中はダグラスと過ごさせてあげようね」
「でもっ」
「ロベリアにとって、ダグラスの両親との顔合わせは、とても大切なことなんだよ。それはわかるよね?」
しばらく黙っていたリリーは小さくうなずいた。そんなリリーの髪をカマルが優しくなでる。
「大丈夫、君がロベリアのことを一番大切に思っているように、ロベリアが一番大切に思っているのも君だよ。……私達は複雑な気分だけどね」
カマルは、チラッとダグラスを見てからため息をつく。
「だから、リリー。ロベリアを信じて」
「わ、私はいつだってお姉様を信じているわよ!」
「だったら、休暇中は離れていても大丈夫だよね?」
「もちろんよ! お姉様の愛を信じずにいったい何を信じるの!?」
その言葉にカマルは輝くような笑みを浮かべ、リリーはハッと口を手でふさいだ。
「じゃあ、行こうか。リリー」
「うっ」
ここで『行かない』と言えば、リリーはロベリアの愛を疑っていることになってしまう。
(殿下は、リリーのことをよくわかってくださっているわ)
婚約当初は、リリーに振り回されぎみだったカマルも、今ではすっかりリリーの扱いがうまくなっている。
何も言い返せなくなったリリーは、売られていく子牛のような瞳をロベリアに向けた。
そんなリリーにロベリアは小さく手をふる。
「リリー、長期休暇が終わったら、たくさんお話しましょうね。あなたがお城でどう過ごしたか知りたいわ」
「お姉様……うん!」
ようやく笑顔になったリリーは、手を振って馬車に乗り込んだ。
二人が乗り込んだ馬車を、ロベリアとダグラスは並んで見送る。馬車が見えなくなったころにダグラスがようやく口を開いた。
「ロベリアは、このあとどうする予定なんだ?」
「私は……」
父であるディセントラ侯爵からの手紙には、バルト領に向かう前に必ず家に寄るようにと書かれていた。
「一度、お父様にご挨拶をしてからバルト領に向かうわ」
「そうか、なら私も行こう」
「だから、ダグラスは先に……え?」
驚きで見開いたロベリアの瞳をダグラスがまっすぐ見つめている。
「ディセントラ侯爵は、今は領地ではなく王都にある邸宅にいらっしゃると聞いている。王都を出る前に、私もご挨拶に行っていいだろうか?」
「で、でも……父は……」
ロベリアは『ダグラスのことを良く思っていない』という言葉を飲み込んだ。
(私達の婚約は、あくまでリリーを王妃にするためのもので、お父様はカマル殿下からの要求を嫌々飲んだ形だから……。きっとダグラス様は嫌な気分になってしまうわ)
「いえ、私ひとりで行きます」
顔が強張っているロベリアの手をダグラスが優しくにぎった。
「私達の婚約は、ディセントラ侯爵に良く思われていない。あなたが嫌な目に遭うかもしれない。だから一緒に行かせてほしい」
「ダグラス……」
すべてわかった上で、守ってくれようとしていると気がつきロベリアの瞳に涙が浮かんだ。
(守ってもらうって、こんな気分なのね)
くすぐったくてあったかい。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
ダグラスと一緒なら何も怖くないとロベリアは思った。
ディセントラ侯爵家から迎えに来ていた馬車に、ロベリアとダグラスは乗り込んだ。
この国の公爵家や侯爵家は、王城の近くに大きな邸宅を構えていることが多い。ディセントラ侯爵家もそうした家のひとつだった。
馬車はあっという間にディセントラ侯爵家に着いた。
ダグラスにエスコートされたロベリアが馬車から降りると、使用人やメイド達がずらりと並んで出迎えていた。皆、頭を下げて誰一人、口を開こうとしない。
(この家は相変わらずね)
貴族らしい貴族が暮らす家。
同じ貴族でも侯爵家と伯爵家ではまったく違う。しかし、ダグラスは少しも動揺せずに堂々としていた。
(ダグラス様は、カマル殿下の護衛をしているから、こういう場に慣れているのかも?)
ロベリアの視線に気がついたダグラスは少しだけ口元をゆるめた。その笑みにロベリアの胸がきゅんとなる。
(素敵すぎ!)
家につくなりすぐに「ディセントラ侯爵がお待ちです」と使用人に案内される。
(お父様に何を言われるのかしら? 私達の婚約のせいで、機嫌が悪いことだけは確かね)
部屋にロベリアとダグラスが入ると、予想通り冷たい顔をしたディセントラ侯爵が二人を出迎えた。
そんな父にロベリアは頭を下げる。
「ただいま戻り――」
「リリーは?」
まるで必要なこと以外話すなというディセントラ侯爵の態度を見て、ダグラスからピリッとした空気を感じる。
(いつもどおりのお父様ね)
ロベリアは内心ため息をつきつつ、ここにリリーがいなくて良かったと安堵した。
「リリーは家に寄らず、直接王城へ向かいました。のちほどカマル殿下からお父様にお言葉があるそうです」
「そうか。ロベリア、お前はリリーの後を追い王城へ行くんだ。リリーはお前ほど出来が良くない。一人では恥をかくだけだ」
「リリーは立派な淑女です」
「お前の意見など聞いていない」
静かだが威圧感のある言葉にロベリアは少しうつむいた。そんなロベリアをかばうようにダグラスが一歩前に出る。
「お言葉ですが、カマル殿下から長期休暇中、リリー様は王城へ、ロベリアはバルト伯爵領へ向かうと通達があったはずです」
「なんだ、お前は?」
ディセントラ侯爵に鋭く睨みつけられてもダグラスは動揺すらしない。
「バルト伯爵の三男ダグラスと申します。ロベリアの婚約者です」
「お前が……」
ダグラスの顔すら知らなかったようで、ディセントラ侯爵の眉間に深いシワがよる。殺意に近い感情を向けられてもダグラスは顔色ひとつ変えなかった。
空気がビリビリとする中でロベリアは『ケ、ケンカになったらどうしましょう……』と二人の顔をチラチラと見ている。
先に折れたのは予想外にディセントラ侯爵だった。忌々し気にため息をついたあと「勝手にしろ」と吐き捨てるように言う。
その言葉にダグラスは納得できなかったようだ。
「勝手ではありません。この件は、カマル殿下より正式に――」
「は、はい! 勝手にさせていただきますわ!」
ロベリアはダグラスをグイグイと押して部屋の外に出した。扉を閉めて息を吐く。
「ロベリア、まだ話が終わってなっ――」
興奮しているダグラスの唇に、ロベリアは一指し指を当てた。
「静かに。お父様の気が変わらないうちにバルト領に向かいましょう」
「しかしっ!」
「お願い」
「うっ」
顔を真っ赤にしながら「そのお願いはずるい」とブツブツ言っているダグラスの腕を引いて、ロベリアは馬車まで戻った。
降りたと思ったらすぐに戻ってきたロベリア達を見て、馬車の御者はポカンと口を開けている。
ロベリアが「学園までお願い」と伝えると、御者は「は、はい」と戸惑いながら馬車の扉を閉めた。
向かいに座るダグラスは不機嫌そうだ。
「お父様がごめんなさい」
「いや、ロベリアが謝ることではない! それに私が怒っているのは侯爵のロベリアへの態度だ」
「私への?」
前世の記憶を持っているロベリアからすればディセントラ侯爵の娘への態度はひどいと思う。でも、この世界で生きてきたロベリアの記憶からすれば、貴族はどこもあんなものだと知っている。
「お父様は、ぶたないからマシなほうよ」
父なりに政治の道具として娘を大切に育ててくれた。その結果、ロベリアとリリーは、手だけはあげられたことはない。
ロベリアの言葉を聞いたダグラスの顔が見たことないくらい怖くなる。
「ダ、ダグラス?」
「……リリー様が『貴族女性がもっと自由に生きられる世の中にしたい』と言っていたのはこういうことだったのか……」
グッと握られたダグラスの手には血管が浮いている。
「私はその言葉の意味が、今まで良くわかっていなかった」
(ダグラス様はご両親共に騎士だから他の貴族と違うのかも?)
「ロベリアが実の父からあんな扱いを受けているなんて……。それが、他の家でも普通のことだなんて……」
ロベリアはダグラスの隣に移動し、握られた拳にそっと手を重ねた。
「これからはきっと変わっていくわ。学園内では、男女ともに楽しく過ごせているでしょう?」
両親の世代では、学園は男女別々できっぱりと分けられていた。それが10年ほど前に統合されてダンスレッスンなど一部の授業を合同で受けるようになった。今の学園内では、寮は分けられているものの、男女ともに自由に過ごすことができる。
「男女の交流が増えたせいかしら? 学園の男子生徒はお父様世代の方々とは雰囲気が違うもの」
「確かに……」
「それに、これからカマル殿下やリリーが変えてくれるわ。私達はそれをしっかりと支えましょう」
「ああ、そうだな」
難しい顔でうなずくダグラスに、ロベリアは「ふふっ」と微笑むながらもたれかかった。
「ロベリア?」
戸惑っているダグラスの腕にロベリアは自分の腕をからめる。
「ロ、ロベリア!?」
「私のために怒ってくれてありがとう。すごくかっこよかった」
学園に戻るまでの間、真っ赤になったダグラスから「少し、は、離れ……」とか「ぐっ」とか聞こえてきたけど、ロベリアは聞こえないふりをした。
つづく
***
【以下、宣伝】
ここまで読んでくださりありがとうございました!
このお話はまだつづくのですが、今はここまです。
次回は、来年のコミックス3巻が発売されるときの更新になると思います。
5/7に、藤こよみ先生によるコミカライズのコミックス2巻が発売します!
先生にからまれて(?)いるロベリアが目印の素敵な表紙です♪
どうぞよろしくお願いします