【コミカライズ連載中】年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない
07 出会いたくなかった人
ダグラスにお姫様抱っこをしてもらえるのは夢のようだが、現実にはきちんと向き合わなければいけない。
ロベリアは、「意識もはっきりしましたので、もう下ろしてくださって大丈夫です」と伝えたが、ダグラスは「殿下のご命令ですので」と取り合ってくれない。結局、保健室まで運ばれて、ロベリアはベッドの上に丁寧に下ろされた。
「ダグラス様、運んでくださりありがとうございます」
「いえ、殿下のご命令ですので」
(それはさっきも聞きました……)
始めから分かっていたが、ダグラスにそう言われる度に『お前のためじゃない』と繰り返し言われているようで少し悲しくなってしまう。
ダグラスが保健室の先生に事情を説明すると、先生は慌てて保健室から出て行った。ロベリアが不思議そうにしていると、ダグラスが親切に説明してくれる。
「保健の先生が、ブランカー先生を呼びに行きました。ロベリア様はこのままここでお待ちください」
「ブランカー先生?」
聞き覚えの無い先生だった。
「私たちの学年の、人体と薬品専門の先生です」
(そういえば、ダグラス様は学年が一つ上だったわね)
保健室の外からパタパタと足音が聞こえたかと思うと、保健の先生が戻ってきた。ロベリアを見ると「あら、意識はハッキリしているのね、良かったわ」と微笑み、廊下に向かって声をかける。
「ブランカー先生、こっちです」
そう呼ばれて保健室の扉をくぐった20代くらいの若い男の先生の姿を見て、ロベリアは呼吸することを忘れた。
暗いブラウンの髪に、銀ブチ眼鏡をかけていて、この学園の教師がよく着ている黒いマントを羽織っていた。それ以上、特にこれといった特徴のないモブっぽい先生。
(……ソル、だ。)
ロベリアの背筋に冷たいものが走った。
18禁乙女ゲーム『悠久の檻』の四人目の攻略対象者、元・王直属の護衛暗殺部隊所属のソル。
(ブランカー先生が、ソルだったの?)
本当に地味な印象の先生で、もし前世の記憶がなかったら、廊下ですれ違っても気にしなかった。それくらい、ソルは自分の存在を消して、一般的な教師のフリに徹している。
(ソルに怪しまれてはいけないわ)
とっさにそう思い、ロベリアは背筋を正した。
ソルの視線が、チラリとロベリアに向けられた。あの銀ブチ眼鏡の下には、アンバーと呼ばれる琥珀色で、赤みの入り混じった黄色の瞳が隠されている。
「女生徒が媚薬を嗅いでしまったとか?」
予想より穏やかな声でソルは話し出した。ソルの質問にはダグラスが答える。
「先ほどの授業で使った薬品を片付けるため、カマル殿下と一緒に薬品置き場に向かいました。その付近で出会ったロベリア様と、薬品置き場に閉じ込められてしまいまして」
「それは大変でしたね。でも、ダグラスくん。薬品の片付けは別の生徒にお願いしたはずですが?」
「はい。頼まれた生徒は、先生の命を放棄し、立ち去ったようです」
「そうですか……」
ソルは、「仕方がないですね」と呟くと、ロベリアのベッドの横に立った。
「ロベリアさん、脈を測りますよ」
ロベリアの右手を持つと、その手首にソルは人差し指と中指を揃えて当てた。驚くほど冷たい指だ。
(大丈夫。元暗殺者だったとしても、今のソルは先生よ。生徒の私には何もしない)
ロベリアは目を閉じ深呼吸をした。しばらくすると、右手は離され、代わりにソルの顔が近づいてきた。少し驚いてしまったが、ソルはロベリアの瞳を見て診察しているようだった。
「うん、大丈夫ですね。媚薬の効果は出ていません。十分に換気ができていたようです」
ダグラスが申し訳なさそうに「先生、その換気のために、薬品置き場の窓を壊してしまいました」と説明した。
「まぁ、緊急事態ですから仕方ないですよ」
ソルはニコリと微笑むと「ロベリアさんも、もう寮に戻って良いですよ」とロベリアにも優しく声をかけた。
「ありがとうございます。先生」
精一杯の作り笑いを浮かべてロベリアはお礼を言った。ベッドから降りると、保健の先生にもお礼を言い、一人で保健室の外へと出た。
平静を装って保健室の扉が見えないところまで歩くと、その場に崩れ落ちるように床に座り込んだ。
(……怖かった)
まさかソル本人に会ってしまうなんて。でも、そのおかげでソルルートのことをはっきりと思い出せた。
ゲームでは、ソルとリリーは、媚薬のせいでお互いに何も知らないまま身体の関係から始まる。教師であるソルは、「これは事故だから全て忘れなさい」とリリーを諭すが、同じ学園内にいるせいで二人は度々顔を合わせてしまい気まずい空気になってしまう。そのうちに、ソルは、リリーがロベリアにイジメられ困っていたらさりげなく助けてくれるようになる。
表ルートでは、そんなソルの気遣いや優しさにふれ、リリーはソルに恋をする。しかし、「生徒だから」とまったく相手にしてくれないソルに振り向いてもらうために、リリーはソルの目の前で媚薬を飲んでしまう。
身体が熱くなるリリーを見て、ソルがため息をつきながら眼鏡を外し「まったく困ったお嬢さんだ」と、リリーに口づけするシーンは、大人の余裕と色気が漂っていて、とても良かった。その後二人は、媚薬なしで鍵の壊れた部屋で逢瀬を重ねて、愛を深め合っていく。
最終的には、ロベリアの策略で辺境の教会に軟禁されたリリーをソルが救いに現れ、二人はそのままどこかへ消えてしまうというストーリーだった。
そして、問題の裏ルート。ソルと仲を深めながら、他の男性とも仲良くしていると入ってしまうルート。
このルートでは、リリーには特に何も起こらない。表ルートと同じように、リリーがロベリアにイジメられていると助けてくれるし、ソルとは愛を深め合っていく。しかし、ソルだけではなく他の男性とも仲良くするリリーを見て、ソルは次第に闇へと落ちていく。
最初はロベリアの取り巻きの一人が事故にあい怪我をしたことがきっかけだった。そこから、リリーの周りでリリーに害をなす者たちが、一人また一人で消えていく。恐怖したロベリアが「何をしたの!?」とリリーを激しく問い詰めていると、ふいにロベリアの首元で刃が煌めき、ロベリアはその場に倒れる。
返り血一つ浴びていないソルは、リリーにうやうやしくひざまずくと、「我が太陽。貴女に永遠の忠誠を捧げます」と囁き、リリーの手の甲にキスをする。最後には、女帝のように侯爵家に君臨したリリーの側で、ソルが暗い笑みを浮かべているシーンで終わる。
ロベリアはため息をついた。
(はいはい、また、私が殺されるやつね)
やっぱり、元でも暗殺者は暗殺者だ。愛する妹リリーのパートナーには相応しくない。しかも、うっかり裏ルートに入ってしまうと、ロベリアだけでなく、けっこうな生徒が血を見ることになってしまう。
とにかく、寮の自室に戻ってこのことを書き止めないと。ロベリアが立ち上がると、ダグラスの姿が見えた。辺りを見まわして誰かを探しているようだ。
(そういえば、ダグラス様に挨拶もせず保健室を出てしまったわ。もう一度、お礼を言っておこうかしら?)
ロベリアは『ダグラス様』と声をかけようとしたが、その言葉は背後から急に現れた手によって口を塞がれ消されてしまう。ダグラスは柱の陰に隠されたロベリアに気がつかず、目の前を通り過ぎていく。
ダグラスの姿が見えなくなると、背後の男はロベリアの耳元で囁いた。
「ロベリアさん。どうしてそんなに怯えているのですか?」
ソルだった。
「こんなに呼吸を荒くして、こんなに震えて……。先ほど測った脈もとても乱れていましたし、目もひどく怯えていましたね。もしかして、薬品置き場で、大変な目にでもあいましたか?」
ロベリアが小刻みに首を左右に振ると、ソルはククッと喉を鳴らす。
「そうでしょうね。貴女はダグラスくんには怯えていませんでしたから。でも、もし、これがただの教師である私に対しての怯えでしたら……」
ロベリアはくるりと身体を反転させられ、強制的にソルと向かい合わせにさせられた。眼鏡の奥で、赤みを帯びた黄色い瞳が真っすぐにロベリアを見つめている。
「ロベリアさんは、いったい私の何を知っているのでしょうか?」
ロベリアは、「意識もはっきりしましたので、もう下ろしてくださって大丈夫です」と伝えたが、ダグラスは「殿下のご命令ですので」と取り合ってくれない。結局、保健室まで運ばれて、ロベリアはベッドの上に丁寧に下ろされた。
「ダグラス様、運んでくださりありがとうございます」
「いえ、殿下のご命令ですので」
(それはさっきも聞きました……)
始めから分かっていたが、ダグラスにそう言われる度に『お前のためじゃない』と繰り返し言われているようで少し悲しくなってしまう。
ダグラスが保健室の先生に事情を説明すると、先生は慌てて保健室から出て行った。ロベリアが不思議そうにしていると、ダグラスが親切に説明してくれる。
「保健の先生が、ブランカー先生を呼びに行きました。ロベリア様はこのままここでお待ちください」
「ブランカー先生?」
聞き覚えの無い先生だった。
「私たちの学年の、人体と薬品専門の先生です」
(そういえば、ダグラス様は学年が一つ上だったわね)
保健室の外からパタパタと足音が聞こえたかと思うと、保健の先生が戻ってきた。ロベリアを見ると「あら、意識はハッキリしているのね、良かったわ」と微笑み、廊下に向かって声をかける。
「ブランカー先生、こっちです」
そう呼ばれて保健室の扉をくぐった20代くらいの若い男の先生の姿を見て、ロベリアは呼吸することを忘れた。
暗いブラウンの髪に、銀ブチ眼鏡をかけていて、この学園の教師がよく着ている黒いマントを羽織っていた。それ以上、特にこれといった特徴のないモブっぽい先生。
(……ソル、だ。)
ロベリアの背筋に冷たいものが走った。
18禁乙女ゲーム『悠久の檻』の四人目の攻略対象者、元・王直属の護衛暗殺部隊所属のソル。
(ブランカー先生が、ソルだったの?)
本当に地味な印象の先生で、もし前世の記憶がなかったら、廊下ですれ違っても気にしなかった。それくらい、ソルは自分の存在を消して、一般的な教師のフリに徹している。
(ソルに怪しまれてはいけないわ)
とっさにそう思い、ロベリアは背筋を正した。
ソルの視線が、チラリとロベリアに向けられた。あの銀ブチ眼鏡の下には、アンバーと呼ばれる琥珀色で、赤みの入り混じった黄色の瞳が隠されている。
「女生徒が媚薬を嗅いでしまったとか?」
予想より穏やかな声でソルは話し出した。ソルの質問にはダグラスが答える。
「先ほどの授業で使った薬品を片付けるため、カマル殿下と一緒に薬品置き場に向かいました。その付近で出会ったロベリア様と、薬品置き場に閉じ込められてしまいまして」
「それは大変でしたね。でも、ダグラスくん。薬品の片付けは別の生徒にお願いしたはずですが?」
「はい。頼まれた生徒は、先生の命を放棄し、立ち去ったようです」
「そうですか……」
ソルは、「仕方がないですね」と呟くと、ロベリアのベッドの横に立った。
「ロベリアさん、脈を測りますよ」
ロベリアの右手を持つと、その手首にソルは人差し指と中指を揃えて当てた。驚くほど冷たい指だ。
(大丈夫。元暗殺者だったとしても、今のソルは先生よ。生徒の私には何もしない)
ロベリアは目を閉じ深呼吸をした。しばらくすると、右手は離され、代わりにソルの顔が近づいてきた。少し驚いてしまったが、ソルはロベリアの瞳を見て診察しているようだった。
「うん、大丈夫ですね。媚薬の効果は出ていません。十分に換気ができていたようです」
ダグラスが申し訳なさそうに「先生、その換気のために、薬品置き場の窓を壊してしまいました」と説明した。
「まぁ、緊急事態ですから仕方ないですよ」
ソルはニコリと微笑むと「ロベリアさんも、もう寮に戻って良いですよ」とロベリアにも優しく声をかけた。
「ありがとうございます。先生」
精一杯の作り笑いを浮かべてロベリアはお礼を言った。ベッドから降りると、保健の先生にもお礼を言い、一人で保健室の外へと出た。
平静を装って保健室の扉が見えないところまで歩くと、その場に崩れ落ちるように床に座り込んだ。
(……怖かった)
まさかソル本人に会ってしまうなんて。でも、そのおかげでソルルートのことをはっきりと思い出せた。
ゲームでは、ソルとリリーは、媚薬のせいでお互いに何も知らないまま身体の関係から始まる。教師であるソルは、「これは事故だから全て忘れなさい」とリリーを諭すが、同じ学園内にいるせいで二人は度々顔を合わせてしまい気まずい空気になってしまう。そのうちに、ソルは、リリーがロベリアにイジメられ困っていたらさりげなく助けてくれるようになる。
表ルートでは、そんなソルの気遣いや優しさにふれ、リリーはソルに恋をする。しかし、「生徒だから」とまったく相手にしてくれないソルに振り向いてもらうために、リリーはソルの目の前で媚薬を飲んでしまう。
身体が熱くなるリリーを見て、ソルがため息をつきながら眼鏡を外し「まったく困ったお嬢さんだ」と、リリーに口づけするシーンは、大人の余裕と色気が漂っていて、とても良かった。その後二人は、媚薬なしで鍵の壊れた部屋で逢瀬を重ねて、愛を深め合っていく。
最終的には、ロベリアの策略で辺境の教会に軟禁されたリリーをソルが救いに現れ、二人はそのままどこかへ消えてしまうというストーリーだった。
そして、問題の裏ルート。ソルと仲を深めながら、他の男性とも仲良くしていると入ってしまうルート。
このルートでは、リリーには特に何も起こらない。表ルートと同じように、リリーがロベリアにイジメられていると助けてくれるし、ソルとは愛を深め合っていく。しかし、ソルだけではなく他の男性とも仲良くするリリーを見て、ソルは次第に闇へと落ちていく。
最初はロベリアの取り巻きの一人が事故にあい怪我をしたことがきっかけだった。そこから、リリーの周りでリリーに害をなす者たちが、一人また一人で消えていく。恐怖したロベリアが「何をしたの!?」とリリーを激しく問い詰めていると、ふいにロベリアの首元で刃が煌めき、ロベリアはその場に倒れる。
返り血一つ浴びていないソルは、リリーにうやうやしくひざまずくと、「我が太陽。貴女に永遠の忠誠を捧げます」と囁き、リリーの手の甲にキスをする。最後には、女帝のように侯爵家に君臨したリリーの側で、ソルが暗い笑みを浮かべているシーンで終わる。
ロベリアはため息をついた。
(はいはい、また、私が殺されるやつね)
やっぱり、元でも暗殺者は暗殺者だ。愛する妹リリーのパートナーには相応しくない。しかも、うっかり裏ルートに入ってしまうと、ロベリアだけでなく、けっこうな生徒が血を見ることになってしまう。
とにかく、寮の自室に戻ってこのことを書き止めないと。ロベリアが立ち上がると、ダグラスの姿が見えた。辺りを見まわして誰かを探しているようだ。
(そういえば、ダグラス様に挨拶もせず保健室を出てしまったわ。もう一度、お礼を言っておこうかしら?)
ロベリアは『ダグラス様』と声をかけようとしたが、その言葉は背後から急に現れた手によって口を塞がれ消されてしまう。ダグラスは柱の陰に隠されたロベリアに気がつかず、目の前を通り過ぎていく。
ダグラスの姿が見えなくなると、背後の男はロベリアの耳元で囁いた。
「ロベリアさん。どうしてそんなに怯えているのですか?」
ソルだった。
「こんなに呼吸を荒くして、こんなに震えて……。先ほど測った脈もとても乱れていましたし、目もひどく怯えていましたね。もしかして、薬品置き場で、大変な目にでもあいましたか?」
ロベリアが小刻みに首を左右に振ると、ソルはククッと喉を鳴らす。
「そうでしょうね。貴女はダグラスくんには怯えていませんでしたから。でも、もし、これがただの教師である私に対しての怯えでしたら……」
ロベリアはくるりと身体を反転させられ、強制的にソルと向かい合わせにさせられた。眼鏡の奥で、赤みを帯びた黄色い瞳が真っすぐにロベリアを見つめている。
「ロベリアさんは、いったい私の何を知っているのでしょうか?」