【コミカライズ連載中】年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない

09 第一の指令

 その日のロベリアは、ベッドに横になったとたん、すぐに眠りに落ちていった。

 どれくらい眠ったのだろうか。コンコンッと部屋の扉が叩かれたような気がした。

 ロベリアはベッドに横たわったまま、うっすらと目を開いた。室内はまだ薄暗く、時計の針は午前6時を指している。まだ朝日も昇りきっていない時間帯に誰かが訪ねてくるとは思えない。

 昨日の夜は、リリーが置いてくれた夕飯を食べて、シャワーを浴びるとすぐにベッドに潜り込んだ。そして、眠気をこらえながら、ソルのルートをノートに書き止めて、そのまま眠ってしまった。

 枕元には開きっぱなしになっているノートとペンが置かれている。熟睡したはずなのに、疲れがとれていないのか全身が重い。

(今日はお休みだから、もう少し寝よっと)

 ロベリアは眠気に誘われて再び目を瞑った。とたんに冷たいもので口を塞がれた。上げたはずの悲鳴が「うー」といううめき声に代わる。

「ロベリアさん、ノックはしましたよ」

 見ると、ベッドの側にソルが立っていて、ロベリアの口を手で塞いでいた。カタカタと震えるロベリアを、銀ブチ眼鏡の奥に隠された琥珀色の瞳が無感情に見下ろしている。

「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。貴女は私の協力者です。危害は加えません。手を放しても叫ばないと約束できるなら離しますが?」

 ロベリアが頷くとソルは手で口を塞ぐのをやめてくれた。解放されたロベリアは、ベッドから起き上がったものの、パジャマ姿なので、毛布にくるまりベッドの上に座ったままソルの方を向いた。

「せ、先生、こんな時間に、いったいどうしたんですか?」

「部屋に侵入してすみません。本当は今日、事前に『何時に部屋に行きます』と手紙か何かで連絡しようかと思ったのですが、面倒になってやめました」

 『先生……その手順は、ちゃんと踏んで欲しかったです』とロベリアは思ったが、口にはしない。

「今から用件だけを伝えます。今日の午前10:00から午後3:00までの5時間、アランくんが男子寮に戻らないようにしてください」

 ソルの口から『アラン』という予想外の名前が出てきて驚いてしまう。

「ちょっと待ってください。今、メモしますから!」

 ロベリアは、枕元に置いていたノートを手に取り、隅っこに10:00~15:00アランと走り書きをした。

「え? アランって、アラン=グラディオスのことですか?」

 もし、そのアランだとしたら、彼は18禁乙女ゲーム『悠久の檻』の攻略対象者の一人、公爵家の令息だ。

「そうです。貴女はアランくんの幼馴染なので、もちろんできますよね?」

 『アランとは関わり合いたくないんだけど……』という言葉をロベリアは飲み込んだ。

 ソルは、こんな時間帯とはいえ、男子禁制の女子寮に誰にも気が付かれずに忍び込めてしまうのだ。ソルの機嫌を損ねたら、何をされるか分からない。

「先生、もしかして、アランが媚薬売買の犯人……?」

 冷たい人差し指が、そっとロベリアの唇に触れた。ソルは、ニッコリと口端を上げている。

「ロベリアさん、私は、今、『用件だけを伝える』と言いましたね?」

 少しも笑っていない瞳が、『余計な詮索をするな』と釘を差してくる。

「ロベリアさん、できますか?」
「やってみます……いえ、やります、できます。……でも」
「でも?」

 ロベリアは、震える自分の手を握りしめた。

「先生、私にもこの学園の中で起こっていることを教えてください。先生が大変なのは分かります。でも……でも、私だって、妹の将来と私の命がかかっているんです!」
 
 アランの名前が出た以上、知らないふりはできなかった。もし、媚薬売買の犯人がアランなら、リリーに媚薬を使う可能性だってあるのだから。

 急にソルの顔が近づいてきた。琥珀色の瞳が、ロベリアの瞳を覗き込んでいる。恐怖心から目を逸らしてしまいたい気持ちを、ロベリアは必死にこらえた。

「ロベリアさん、知っていますか? 訓練を受けていない多くの人は嘘をつくとき、身体が緊張状態に入ります。そして、無意識のうちに、目が左右に泳いだり、瞬きの回数が多くなったり、他にも色んな変化があるんですよ。人体って面白いですよね」

 ソルの顔がゆっくりと離れていく。

「貴女は嘘はついていないと判断しました。いいでしょう。私も貴女に聞きたいことがありますからね。そうですね、アランくんを引きとめてくれたら、私の持っている情報を教えましょう。これは取引です」

 ロベリアが頷くと、ソルは踵を返して背を向けた。足音一つさせずに歩き、部屋の扉に手をかけたソルは、「あ、そうそう」と言いながら、こちらに何かを投げて寄越した。

 とっさのことに受け取ることができず、ソルが投げたものはポスンとベッドの上に落ちた。ロベリアが手に取って見ると、それは水色の液体が入った小さな小瓶だった。

「先生、これは?」
「媚薬の解毒剤です。媚薬を嗅いでしまった時は、その液体を全て飲み干してください。症状が治まります。念のため持っておいてください」

(またあの媚薬を嗅いでしまうことがあるの? もしかして、私、とっても危ないことに首を突っ込んでしまったんじゃ……)

 ロベリアがゴクリとツバをのみ込むと、ソルがククッと低く笑った。

「ロベリアさん、そんなに怯えないでください」

 ハッと我に返り、ロベリアは慌てて平気な振りをした。ソルに使えないやつと思われたら、何も教えてもらえないかもしれない。しかし、ロベリアの予想とは違い、ソルはどこか熱っぽい声を出した。

「貴女の怯える瞳を見ていると……興奮を禁じ得ません」
「え?」

 ロベリアが驚いて顔を上げたときには、もうソルの姿はどこにもなかった。
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