瞳の中の住人
木崎綾音.1
「あの。翼さんの妹の、綾音さん、ですよね?」
「……そうですけど」
あなたは、と尋ねようとして息がつっかえた。今しがた見ていた文庫本から顔をあげて、ハッとなった。
私の顔をのぞき込むようにして手前に立つ男性とは、間違いなく初対面だ。
なのに、どうしてだろう。目がそらせない。妙な既視感だ。大学生ぐらいの彼が放つ雰囲気に、たったひとり、思い当たる節がある。
「あ。急にすみません。俺、翼さんと同じ書店で働いている白石といいます」
白石と名乗った彼は、グレーのシャツに黒っぽいジャケットを羽織り、総体して地味な格好をしていた。焦げ茶色の髪に黒いセルフレームの眼鏡をかけている。
白石は控えめな態度で私の真向かいの椅子を指さした。「あの。いいですか?」相席を望まれるので、「どうぞ」と返す。
「妹さんのことは写真で一度見せてもらったことがあって。あ、あと、ご自宅でされているこの喫茶店のことも翼さんから聞いていて」
「……はぁ」
つまりは何が言いたいのか。要領を得ないが、おそらくは“あれ”だろう。私は予測した。
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