瞳の中の住人
 おすすめの本を貸すと、一週間とたたずに彼が読了して返しにきてくれる。

 本のどの部分に引き込まれて、どうおもしろかったのかを感想として聞かせてくれるので、私はすっかり嬉しくなった。読書にかんしての雑談は、兄としかできなかったからだ。

 白石刀哉と会話をかさねるにつれて、お互いに口調はくだけ、ときどき敬語をわすれた。

 喫茶店『Komorebi』で彼と過ごす時間が増えて、彼が時おりうたた寝することや、おもしろい癖をもっていることに気がついた。

 白石刀哉は会話の途中、頬杖をついて眠ることがあった。退屈させてしまったのを気にして尋ねたが、彼は「そうではない」とあわててかぶりを振った。

「ごめんね。たんに寝不足なだけだから。気にしないで?」

 こちらを気づかう物言いに彼の優しさを感じた。

 兄を失った喪失感は徐々に和らぎつつあった。ひとえに白石刀哉のおかげだと自覚している。

「不思議ね。白石さんといるとなぜだかホッとする」

「そうなんだ……」

 彼がわずかに口元を緩めて、右の頬をつねった。照れたときの癖ではないかと予想した。

 そのときもちあげた彼の右腕に、いかにも高そうな金の腕時計が見えた。
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