瞳の中の住人
「その。事情があって二ヶ月も空いてしまったのですが……。翼さんに、お線香をあげさせてもらってもいいですか? 告別式には出れなかったので」

 文庫本を空になったコーヒーカップの横にそっと置いた。

 先ほどからビシビシと視線を感じるカウンターに目を向ける。思ったとおり、エプロン姿の母と目が合った。母は私に応えるように、ゆっくりと頷いた。

「ええ、もちろん」。端的に答えて椅子を引いた。

 私が暮らしている家は母の実家だ。祖母と母と伯父の四人家族で、二ヶ月前までは、三歳上の兄もいっしょだった。

 父にかんしては私が赤ん坊のころに離婚をしたらしく、顔すら知らない。

 店舗併用住宅という形をとり、一階が喫茶店となっている。住居用の玄関は別なため、店の正面入り口から外に出てすぐの角を右に曲がった。門扉をぬけて格子のはまったガラス扉をスライドさせる。

 どうぞ、と言ってお客様用のスリッパを並べると、彼は恐縮した様子で肩をすぼめた。

 フルネームは、白石(しらいし)刀哉(とうや)というらしい。兄から聞いた覚えもない。初めて聞く名前だ。

「白石さんは兄と親しかったのですか?」
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