瞳の中の住人
 僕のほかにも目の移植を待ち望んでいた患者がいただろうに、横から割り込み、順番ぬかしをした。それを思うとひどく心が痛んだ。

 術後、新しい眼がなじむまで、一週間は安静にするよう医者から言い渡された。

 包帯のうえから目をさわったり、こすったりしないよう注意があった。包帯は五日程度ではずれた。

「大学へは年度末まで休学届を出しておいたから、今はゆっくりすごすといいわ」

 うすぼんやりとした視界のなかで母が言い、兄も励ましてくれた。

 正直なところ、休学届はありがたかった。

 手術をしたあとから、僕はたびたび強烈な眠気におそわれて、昼も夜も関係なく眠った。

 眠りが浅いからか、よくわからない夢を見るようになった。体が疲れているせいだろう。

 新しい眼を手に入れて、僕の世界に再び光がさした。

 父がおこなった不正に良心の呵責をいだくものの、やはりまたこうして視覚が機能するということに喜びを禁じ得ない。僕は口先だけの偽善者かもしれない。

 鏡をのぞきこみ、新しい瞳を確認する。虹彩が明るい茶色で、まえよりやわらかな印象を受けた。
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