瞳の中の住人
 退院して数日は家のなかでおとなしく過ごした。

 瞳を直接外界にさらしているのが恐くて、家のなかでもできるだけ眼鏡をかけて生活した。 

 部屋にある窓がいきなり割れてガラスがとんでくるのではないか。ときおりそんな妄想にとらわれた。自室の窓はしっかりとカーテンを引いた。

 術後に訪れたあの眠気も夢も継続中だ。元来、僕は夢を見る体質ではなかった。いや、夢は誰もが見ているだろうから、こう提言するのはおかしい。

 起きたときに夢を覚えている、ということは、めったとないことだった。

 毎晩見る夢も、昼間に訪れる白昼夢も、だれかの視界をとおして見る“個人の世界”で、登場人物はいつもだいたい決まっていた。

 夢に音声はなく、僕に話しかけてくる人物は、全員、口パクだ。また、夢の映像の時系列もばらばらで、夢の視界は高かったり、低かったりした。

 手術をしたあとにおこり始めた現象なので、ちょっとした睡眠障害だと思っていた。じきにおさまるだろうとかんがえ、夢の世界を傍観者きどりで楽しんだ。
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