瞳の中の住人
 夢のなかの僕はたいそうな美男子だった。

 容貌がはっきりとわかったのは、『彼』が鏡をのぞきこむシーンを見たからだ。僕がこういう顔面を望んでいたのかはわからないが、悪い気はしなかった。

『彼』は僕と同じ年齢で、学科は違ったけれど同じ大学に通っていた。

 女性にはすごくもてた。顔見知りかどうかはわからないが、何度か告白を受けるようなシーンに出くわし、ドキドキした。

 夢のなかでテキストをひらき、勉強にも真面目に取り組んでいたし、書店でアルバイトもしていた。

『彼』には妹がいた。視界の低い夢では彼の顔にどことなく似たかわいい少女が出演し、視界の高い夢ではその少女が成長して女子高生になっていた。

 同じ家で家族と思われる女性や男性に囲まれて、ともに生活している。

 妹は『彼』にとってとても大切な存在で、ある種の庇護欲(ひごよく)をかきたてる存在でもあった。

 一度、家族宛に届いた封書を見るようなシーンが出てきて、『彼』の名前が『木崎翼』、妹の名前が『木崎綾音』であると知った。

 ただの夢にしては設定がやけに細かく、リアルだ。そして『彼』以外の夢を見ることはいっさいなかった。
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