瞳の中の住人
 綾音はどこか品定めをするように僕を見ながら、持っていた文庫本をテーブルに置いた。夢のなかで兄妹が好んで読んでいた作家の本だ。しおりはちょうど真んなかぐらいだろうか。

 綾音は僕の背後、おそらくはカウンターへと目配せし、わずかに微笑んだ。

「ええ、もちろん」

 それがうわべだけのつくり笑いだと気づいたのは、翼の視界にはない笑みだったからだ。

 綾音のあとにつづき、生前の『彼』が暮らしていた住居に招かれた。

 仏壇のある和室に通されて木崎翼の遺影と対面する。夢のなかで一度見ただけだが、やはり綺麗な顔立ちをしている。改めてそう思った。

 決して知り合いではなかったが、ひととおりの黙祷(もくとう)をささげ、部屋の内装を見回した。

 仏壇に彼らの祖父の遺影も飾られていたが、翼の記憶から数回おこなわれた法事の夢を思い出し、不思議と感慨深い気もちになった。

 小さな綾音が法事の途中で眠ってしまい、兄の視界をもつ僕に寄りかかって寝てしまう夢だ。

 彼らは本当に仲の良い兄妹だった。いや、良すぎたといってもいいぐらいだ。
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