瞳の中の住人
 一度会っただけの僕になど、つゆほども気づかず、目当ての本棚に向かってずんずんと歩いていく。

 僕はおくれて入り、彼女が見ている本棚に別方向から近づいた。彼女は棚を下から上へ睨みつけるように凝視し、本をさがしているのだと思われた。

 真剣な綾音に近寄り、声をかけようとしたところで、僕はあるかんがえに思いいたる。

 我ながら気持ち悪い。僕の行動は常軌を逸しているのではないか。

 彼女の行動範囲にやまをはり、そこで何日も待ちぶせするなんて、逆の立場なら完全に引いてしまう。

 冷静さをとりもどした僕は、本棚に向かい合ったまま、硬直していた。待ち望んでいたシチュエーションでようやく綾音に会えるかもしれないのに、声をかける段階ですっかり臆病風に吹かれてしまった。

 この場合どうするのが正解か。かんがえあぐねていると、肩にトンとだれかがぶつかった。綾音だ。

「す、すみません」

「いえ、こちらこそ」

 綾音が僕を見て、あ、と口をあけた。幸いにも覚えていてくれたようで、心底ホッとなる。

「白石さんも本を探しているんですか?」

「あ、はい。まぁそうなんですけど」

 綾音と会ったらなにを話すかは、あらかじめ決めていた。彼女の興味を引く話題だ。
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