瞳の中の住人
「い、いいんですか?」

 願ってもない申し出に、若干声がうらがえり、恥ずかしくなる。自然と頬に手がのびる。

「はい。新刊のラスト一冊、譲っていただいたので」

 瞬間、心臓がドクンと音をたてた。胸の内がわが熱くなったような気さえする。綾音の笑顔が夢でなんどとなく魅せられたものと一致し、喜びに打ちふるえた。

 その日から綾音にすすめられた本を借り、読了したらまた返して別の本を借りる、というのが日課となった。

 兄妹たちがはまって読んでいる本は読みやすい文章でつづられ、思った以上におもしろい内容だった。

 喫茶店『Komorebi』で本の貸し借りをし、綾音とはその内容について雑談できるほど、仲良くなった。

 綾音の日常に僕が存在する。それがなによりも嬉しく、有頂天になった。

「きみ、綾音の彼氏かい?」

 びっくりしすぎて一瞬だけ呼吸がとまる。

 サイフォン式のコーヒーを運んでもらったとき、彼女たちの伯父にそんな質問をされた。父親ではなく伯父であると彼女に聞いていた。

「ち、違うわよ、そんなんじゃないから! 伯父さんはあっち行ってて!」

 照れながらも怒った綾音の表情がめずらしく、ついじっと見てしまう。
< 44 / 63 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop