瞳の中の住人
「眼は。たしかに兄のものなんだろうなってわかる。でも、あなたが夢を見なくなったからかもしれない。兄の存在は私の記憶のなかだけにとどまってる。あなたは、あなたの雰囲気だけで存在している」

当たり前のことだけど。そう言い足し、彼女がどこか恥ずかしそうに肩をすくめた。

「それがなんだか……。とても安心するの」

「……そうか。ならよかった」

 綾音が僕に翼をかさねて見ていたのは、彼女の瞳にいつまでも翼の残像がのこっていたからではないかと。おぼろげながら、かんがえていた。

 僕が翼の眼をもち、その記憶を受けついでいるあいだ、彼女の目には翼が()んでいた。

 眼球の記憶が再生を終えた今、彼女の瞳にはもうだれもいない。

 自慢の兄であり、愛情の対象者というフィルターが剥がれて、ありのままの僕を映してくれる。それが面はゆくもあり、嬉しい。

 頬の内がわに妙なくすぐったさを感じて、右手の親指と人差し指で頬をつねった。
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