瞳の中の住人
 *

 ずらりと並んだ本の背表紙を指さし、目で追いながら、書店で本を探していた。目当ての作家が先々月、文庫版で新刊を出したはずなのだ。

 作家の頭文字を夢中で凝視していたので気づかなかった。

 トン、と肩に人の感触を受けてぶつかったと認識した。

「す、すみません」

 あわてて隣の人に頭をさげると、その人も同様に「いえ、こちらこそ」と言って頭をさげた。焦げ茶色の髪に黒いセルフレームの眼鏡をかけた白石刀哉だった。

「あ」

 お互いが同時に知人だと気づき、「どうも」とよそよそしい挨拶を交わす。

 二度目に見る白石刀哉は、お洒落な大学生だった。カーキ色の薄いフーデットコートにアイボリーのカットソーを合わせていて、それがよく似合っていた。そういえば背の高さも兄と同じぐらいだ。

「白石さんも本を探しているんですか?」

「あ、はい。まぁそうなんですけど」

 そこで彼が口ごもるので、なにげなしに首を傾げた。

「綾音さんも。この方の本を読まれるんですか?」

 言いながら白石刀哉は上段に手を伸ばし、一冊の文庫本を棚からぬいた。私が探していた新刊で、最後の一冊だった。
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