瞳の中の住人
「あ。そうですそうです、今日はそれを買いに立ち寄って」

 ラスト一冊を譲ってほしくて、つい物欲しそうに手を伸ばしてしまう。白石刀哉は見かねて本をさし出した。

「ありがとうございます」と礼を言う。

「兄が好きだった作家さんなんです。私もその影響で」

「そうみたいですね」

「え?」

「あ、いや。翼さんから以前おすすめされたことがあって」

 彼が眉をさげてぎこちなく笑う。どこか困ったような表情だ。同作家の別タイトルを一冊棚からぬいた。

「俺。あまり小説とか読まないんで、どこから手をつけたらいいか迷ってて。翼さんにおすすめされた本のタイトルも忘れちゃったし」

「だったらお貸ししますよ? 兄がどのタイトルをおすすめしたのかだいたい見当がつきますし、その作家さんの本はほぼ読破してますので」

「い、いいんですか?」

「はい。新刊のラスト一冊、譲っていただいたので」
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