裏側の恋人たち
ビールを飲み終わったところで吉乃がやってきてカウンターのわたしの隣に座る。

「2週間お疲れさま。向こうはどうだった?」

「うん、ただいま。田舎の空気は美味しかったけど、やっぱりこっちが落ち着くわ」

「まぁふみかはそうだろうね~」

吉乃が意味ありげに笑う。
わたしが吉乃に大将への憧れを口にしたことはないけれど、付き合いの長い友達には伝わってしまっているのだろう。


「餌付けクマさんもふみかが戻ってきて喜んでるんじゃないの?」

『餌付けくまさん』ねぇ。
天満さんに福岡先生のおやつの差し入れの目的がわたしだと言われてから吉乃に福岡先生の話をしていた。

「それが、出張も一緒だったの。クマ先生と。わたしが出張になったって聞いて自分も代わってもらったって言ってたけど、それって本当だと思う?」

「マジ?えー、クマさん本気で堕としに来てるんじゃないの。ねえ、どうすんの」

「本気・・・なのかなぁ。ただ面白がってるだけなのか友人が欲しいのかよくわかんないわ。好きって言われたわけじゃないし。それに、いま考えてみるとね、仕事はやりやすかったから仕事で一緒にいるのはいいんだけど、女の子に言い寄られた時にはっきり断わらないような人とプライベートで一緒にいるのはさ、ちょっとどうなのって思うの」

「ああ、そういう感じ・・・・・・確かにこっちに好意があるのなら断わる態度は見せて欲しいよね」

「統括する立場にいるから、仕事のこと考えてはっきり言いにくいってこともわかるけど、本気でわたしと付き合いたいって思ってるんだとしたらあの態度はどうなんだろう」

福岡先生がいい人なのはわかってる。
穏やかだし、この先の人生、安心感と安定感を求めるのなら先生のような人がいいのかなって思った。
でも、本当に安心感を得られるの?って思ったらなんか違うかもって。

曽根田さんみたいに若くてかわいい子がぐいぐい来たらいい気分になるだろうし、それはバシッと断わりにくいよねーなんて考えてしまったら止まらなくなってしまって。

自分から恋した相手ならまだしも、恋心が生まれる前にそんな姿を見てしまったら。
ーーーうーん、福岡先生相手に恋になるのかな。


「恋人って人生において絶対に必要なわけじゃないよね」

「あー、これダメなパターンだわ。ふみかはしがみつくタイプじゃないから」

確かにね、必要じゃないと思ってしまったら興味は向かないかも。

吉乃に切り捨てるのはまだ早いって言われたけど。

「きちんとそういうとこイヤだっていえばわかってくれるんじゃない?」

「なあに、吉乃はわたしとクマ先生が付き合えばいいと思ってるってこと?」

「ネコに逃げる前に男を作るのもいいかと思って。誘われたら行ってみなよ」

まあ確かにネコを飼いたいって言ったけどさ。
ネコが飼えるマンション探そうとしてるし。

「分譲も探してみるか」
この際、賃貸に拘らず自分で買うという手もある。

「マンション購入して勤務先が変わったらどうするの」

「転勤を断わるとか・・・・・・?」

「・・・・・・賃貸でもいいとこあるかもしれないからゆっくり探してね。くれぐれも焦らないように」

「はい、はい」

大きな買い物だから慎重になるようにと吉乃に何度も念を押され、頷くしかなかった。
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