裏側の恋人たち
「浜さん、まだ時間も早いし、この近くに僕の知人がやっているカフェがあるんだけど、よかったらどう?その季節でしか食べられないってフルーツを使った限定スイーツがおすすめなんだ。お腹が空いているならオープンサンドもおいしいよ。アルコールならサングリアやワインがある」

「わあ、魅力的なお誘いですね」

さすが福岡先生というべきか。
旬のフルーツなんてわたしの好みのど真ん中をついてくる。

でも、どうしようかな。せっかく頂いたお花が萎れちゃうと勿体ないなと手の中の花束を見下ろす。

「知人の店だから花は預かってもらえるし、長い時間は拘束しないから」
そう言われ、それならばとお誘いに乗ることにした。

お茶とデザートならそんなに時間はかからないはずだし。
それに、出張から戻って何度か誘われていたものの一度も行けずにいたから。

わたし自身は福岡先生が何を考えてわたしを誘ってくるのか真意を測りかねている。
年齢が近く食の好みの合う友人を求めているのか。
恋愛関係を求めているのか。


「ここから歩いて5分くらいのところにあるんだけど、歩けそう?タクシーにしようか?」
福岡先生がわたしのヒールと花束を気にしてくれる。

「大丈夫ですよ。歩いてカロリー消費したいし、お花も問題ありません」

「そう?でも花束は僕が持とうか。そこそこ重いでしょう」

「いえいえ大丈夫です。花束を持って歩くことも滅多にないのでこれもご褒美みたいなものです」

「ああそういう考え方もあったね。じゃあ重くて辛くなったら言って。代わるからね」

「ありがとうございます」

夕方の街の雑踏の中を二人並んでカフェに向かう。
土曜日ってこともあり人通りもそこそこだ。

わたしがそこそこ大きな花束を抱えているから人目を引くらしくすれ違う人からチラチラと視線を感じる。
他人からはどう見えているんだろう。
習い事のピアノの発表会で花をもらうにしては年齢が高すぎるだろうから送別会で花束をもらったとか?
自分では買ったことがないサイズの花束を抱えてわたしはご機嫌だった。


そのカフェは大通りに面したビルの2階にあった。
通りから直接外階段で店内に入れるお洒落な造りで、実はここの前を通る度に気になっていたお店だった。

ティータイムにはちょっと遅めでディナータイムにはまだ早いけれど、店内はかなり賑わっていて人気の高さがうかがえる。

福岡先生のお知り合いのオーナーと思われる男性に「ソファーもテーブルも空いていなくてごめん」と案内されたのは窓に向かったカウンター席だ。

十分です。花束を預かってもらえるだけでも非常に有り難い。

外の景色ーーーと言っても通りの雑踏だけど、外が見えて、向かい合わせで座るよりは隣同士で座った方が先生のお顔を正面から見なくて済むしこれはこれでとてもいいような気がする。

わたしと福岡先生の関係性では隣のテーブルの人を気にするより隣同士の方が自然に話せそうな気がするし、歩道を歩いている人たちからの視線も気になるほどではない。
こちらは2階だから見上げれば見えるって程度。

「好きなものをどうぞ。なんでもオススメなんだけどね」
「うーん。目移りしますね。全部惹かれます」

メニューを見ても全部美味しそうなので、先生オススメのフルーツタルトと紅茶を頼んでほうっと息を吐いた。

「お疲れさま。あの席は大変だったね」
「アリガトウございます。合間もずっと緊張してました。やっぱり天下の二ノ宮グループのご令嬢と超有名ドクターの結婚式って感じでしたね」

思い出してもため息が出る。
水ちゃんは超お嬢さまなのに威張る感じもなければすまして壁を作る感じもない。
館野先生も世界的に有名なドクターなのに気取ったところがなく気さくな感じだ。

「二ノ宮さんのこと、普段はお嬢さまだってことを忘れてましたけど、やっぱり違う世界の人みたいでした。庶民とは違う苦労もあるんでしょうね」

「ああ、僕の友人が医療機器メーカーの息子で次期社長なんだけど、外から見ると付き合いは大変そうだ。僕たちが知らない苦労がありそうだね」

「先生もそっち側の人じゃないんですか」

そういえば福岡先生のことはよく知らない。
人当たりがいい眼科の先生ってこととスイーツ好きだってことくらい。
礼儀正しいからいいとこのご子息なのかもって今さら思う。



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