裏側の恋人たち
「うん、わかってる。浜さんが菩薩じゃなくてよかったって思ったから。浜さんは普通に仕事が出来る素敵な女性だった。僕も温和なクマじゃないんだよ、知ってた?」

「はあ、ええ」
ちょっと曖昧に頷いた。
クマではないよね、確かに。仕事できるし。

「浜さんの事は人としてとても好ましく思っていて。僕の好意を押しつけて悪いんだけど、浜さんは気負うことなくお付き合いしてくれると嬉しい」

えーっと、それって?
人として好ましいとか。
それって友人として親しくなりたいといった意味だったんだろうか。
そうだったのなら勝手に恋愛要素で考えていたわたしはとんでもなく小っ恥ずかしい。

でも、先生もそんなニュアンスで言ってたし。
恋愛関係になりたいって言ったよね。

わたしが1人で赤くなったり青くなったりしていると、
「ごめん、いい方が悪かったみたいで。そうだけど、そうじゃなくて」
と先生が慌てて口を開いた。

「佐野くんと親しげに話す浜さんを見ていてとられたくないと思うくらい君のことは好きなんだ。今すぐに同じ気持ちになってほしいとは言わないから、まずはクマとスイーツを食べに行く仲間程度の気持ちで出掛けてくれたら嬉しい。男1人では入りにくいお店もあるしね」

ちょっと照れながらそんなことを言われて、こちらも断わるのが憚られる。

「先生のことは人として好ましいと思っています。でも、わたしのそれは恋とは違うような気がするんですけど、それでもいいんですか。先生を傷つけることになりませんか」

そこだけはきちんと確認しておきたい。
夜勤の差し入れも嬉しいけれど、余り頻繁だとわたしの血糖値と人の噂も心配になると思っていたところだ。

何回か一緒に出掛けたら先生の方も「思ってたのと違う」って思うかもしれないし。

「僕の方も燃え上がるようなメラメラするような思いじゃないから。まずは相互理解をってことで、友人スタートで構わないから誘わせて。早速だけど、平日昼間に出掛けられそうな日はないかな。手始めにクラウンプラスホテルのスイーツブッフェなんてどうだろうか」

「クラウンプラスホテル!」

思わず声が出てしまった。
それ行ってみたかったんだ。

平日昼間のみ開催しているクラウンプラスホテルのスイーツブッフェ。
でも、悲しいことにわたしにはそれに平日付き合ってくれるスイーツ好きの友人がおらず半ば諦めていた。

平日昼間のみの開催ってこともあるけど、お値段がいいのだ。普通のホテルのブッフェのお値段にプラス2000円というべらぼうな価格設定。
だから誰も付き合ってくれない。
みんな「だったら食事がしたい」と言うのだ。
うん、わかる。そうだよね。

吉乃なんて「なんなのその価格設定は。黄金のザッハートルテでもあるの?そんなの誰が行くんだ」って言ってたし。

「ぜひ行きたいです」

思わずくい気味に言ってしまいクスクスと笑われる。

「あ、でも先生、平日にお休みあるんですか?」

「うん。有給休暇がとれるんだ。っていうかとるように院長に言われてる。外来担当の日なら午後から休暇とるし、オペが入ってなければ全休するから」

なるほど。
オーバーワークだから暇を見て休みを取るように言われたと。

それならばとーーーーーわたしはスマホの画面の勤務日程を開いた。


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