裏側の恋人たち
オーナーに預かってもらっていた花束のお礼を言って店の外に出ると、もうとっくに日は暮れていて夜風がすーっと身体を抜けていく。
「少し前まで日中は汗ばむ日もあったのに、もう完全に秋ですね」
「そうだね」
先生も空を見上げる。
都会の夜空に月や星を見つけるのは難しいけれど、ビルの間に少しだけ星が見えた。
「そういえば浜さん、冬は冷酒をやめて熱燗派になるの?」
「冬も飲みますよ、もちろん。暖かい部屋で冷酒って美味しいですし。こたつでアイスと同じです。熱燗も美味しいですけどね」
「わかりやすいね、それ」
すっかり打ち解けた私たちは駅を目指して並んで歩いた。
今度の金曜日も期待できそう。
あれ?もしかして餌付けされてる?
路線が違う先生と別れて乗った地下鉄の中でクスリと笑ってしまった。
部屋に戻ってゆっくりとお風呂に入った。
念入りにしたメイクを落とし湯船につかりながらパックをする。
乾燥が気になるこの季節、お肌の手入れは必須。
年齢を重ねたときに後悔しないようにきちんとケアをした方がいいと科長に言われて素直に実践しているわたし。
やっぱり年長者の言葉って実感こもっている分信憑性があると思うのよ。
じんわりと温まってきてやっと心身から力が抜ける。
福岡先生との一歩進んだ友人関係いう収穫はあったもののやっぱり今日は偉い人たちに囲まれて疲れた。
やっぱりああいった場所は自分には向いていない。
そういえばあんな場でも千秋さんは堂々としていた。すごいよね、やっぱり。
帰りの地下鉄の中でスマホを見ると千秋さんからメッセージが入っていた。
彼女はあれからも大変だったらしい。
今日の千秋さんのワンピース姿も素敵だった。
慣れないヒールで疲れたふくらはぎを揉みながら、やっぱりわたしに似合うのはナースシューズだなとつくづく感じる。
人にはそれぞれ合った場所があるってものだわ。
お風呂上がりに缶ビールを飲み干してぼんやりしているとスマホがなった。
多くの人がメッセージで連絡してくることが多い中、電話なんて誰だろう。
表示はーーー大将だ。
大将?
お互い連絡先は知ってるものの電話なんてほとんどしたことがないし、あっちからかかってくることもない。あったとしても予約の確認程度のことだ。
メッセージならたまにあるけれど、それもお酒の話がメインだし。
それがどうしたんだろう。
急用?それともお店で何かあった?
「もしもし?」
『ふみか、今どこにいるの?今日お前来ないの?』
唐突な質問にこっちが驚く。
「え。わたし今日お店に行くって言ってましたっけ」
結婚式に出席すると言う話はしていないけれど、今日そちらに行くとも言っていない。
なのに急にどうしたんだろう。
『・・・いや、そういうわけじゃないんだけど。で、来ないの?』
「すみません、今日は疲れてて、もうメイクも落としてすっかりおうちモードなので。何かありました?」
『あ、いや、いいんだ。疲れてるとこ悪かったな。ーーーなんか、すまん』
「ふふ、どうしたんですか、大将。いいお酒でも手に入りました?」
『いや、そういうわけでもなかったんだけどな。ーーーじゃあ、また』
突然かかってきた電話はこれまたいきなり切れて。
何が何だかわからなかったけれど、何か試飲してほしいものがあったのか吉乃と桐生くんが何かやらかして大将を困らせたのかもしれない。
吉乃と桐生くんはなかなかうまくやってるみたいだから。
よかったけど、大将に迷惑かけないようにやって欲しい。