裏側の恋人たち

イレギュラーな恋 ⑥

週に2~3の休肝日。
夜勤があるおかげできちんとわたしの肝臓は守られているーーーはず。

最近は特にいろいろ忙しくて大将のお店に来る日も減っていて肝臓は守られているもののわたしの胃袋は大将のお店の料理を求めていた。


「こんばんは」

「あ、いらっしゃい、ふみかさん。久しぶりですね」

今日も元気な桐生くんが席に案内してくれる。

「今日カウンターがいっぱいなんでテーブル席でもいいですか。あっちが空いたら案内しますから」

「いいのよ、わたしも今日はゆっくり出来ないの。軽く食事をしたら帰るから気にしないで」

「最近店に来てくれる回数も減ってるし、ずいぶんと忙しそうですね」

「そうなのよ。ちょっと雑用があってねぇ。吉乃はどう?先週から出張だったんでしょ」

「はい、吉乃さんも先週から顔を見せてくれなくて。お二人が来てくれないと店に華がなくて俺も大将もさみしいです」

若くてイケメンな若い男の子がわざとらしくしゅんっと肩を落とす。

「うわっ、よく言うよ。私たちが来なくてもこのお店、駅前より女性客多いじゃない。ほんと、口のうまい男ってイヤだわ。やっぱり信用できないわよって吉乃に言っておかないと」

「ちょっと、それはマジで勘弁してくださいよ」

大袈裟に両手を振って慌てているふりをする笑顔の桐生くんは客商売に向いている。
吉乃の恋人に向いているかどうかはわからないけれど、それを決めるのはわたしじゃあない。

「今日これからまだ仕事があるから生はいい。ウーロン茶で、あとは焼き魚にご飯とお味噌汁で定食っぽく適当にお願いできないかな」

このお店のメニューにはないわたしのいい加減な注文に桐生くんは頷き「大将に任せます」と笑って店の奥に戻っていった。

ウーロン茶と切り干し大根のお通しを食べながら待つこと数分。

「焼き魚定食お待たせ」

わたしの無茶なオーダーに大将が無表情で料理を運んできてくれた。

目の前に焼き鯖、アボカドとお豆腐のサラダ、だし巻き豆腐、とろろご飯にお味噌汁のお膳。

「わあ、美味しそう。うん、これこれ。ありがとうございます」

メニューに定食なんてものはないけど、なんだかんだいってもお願いすると作ってくれるんだから、大将っていい人。

「じゃあいただきまーす」

わたしが食べ始めたのになぜかまだ隣に立っている大将。

「どうかしました?」

味の感想・・・って事はないか。一品ずつは食べ慣れたメニューだし。
何を食べても美味しいしね。

「ふみか、最近あんまり店に来なくなったな」

「そーですね。来たいのはやまやまなんですけど、いろいろと用事が重なっていて。今週も来週もあんまり来られそうもないんで今日無理矢理来てみましたー。お酒飲まないんで売り上げに貢献できなくて申し訳ない」

「・・・・・・。」

お豆腐を食べながら冗談交じりに返事をしたけれど、それに対して大将の返事が戻ってこないのが予想外で、お箸を止めてすぐ隣に立つ大将の顔を見上げた。

「大将、どうかした?眉間のしわ、深いけど」

大将の不機嫌な顔は珍しい。
疲れているのかな。

わたしが店に来られないことなんて今さらだ。
新人が入ったばかりの時期とかスタッフの妊娠や急な配偶者の転勤、病欠などの急な欠員とかの余波で忙しく職場と自宅の直行直帰なんてこともザラにある。
だからこそ今さらそれがどうしたのって。

「いやふみかに何か変わったことがあるんじゃないのか?」

「変わったこと?・・・特にないけど」

「ない?」

「無いですよ。ーーああ、そういえば、先日、また本院に主任の空きが出るから異動しないかって言われて断わったの。変わったことと言えばそのくらいだけど、これは変わらないんだから変わったことじゃないか」

あははははと笑うと
「そうか。まあいい」と大将は呆れたように眉毛を上げた。

「それよりも、大将の方が最近変じゃない?何かーーー」

「俺も別にないな」

何かあったかと聞こうとしてさらりと返されてしまったからなんとなくこれ以上は聞けない雰囲気。

「ならいいですけど」

背後から「大将~」とカウンターの女性客に大将が呼ばれたことで、私たちのかみ合わない会話は終わった。

いったい何だったんだろうか。


< 127 / 136 >

この作品をシェア

pagetop