裏側の恋人たち
「ふみかさん、当分来られないんですか?」

温かいお茶を持ってきてくれた桐生くんに聞かれて頷いた。

「平日の昼間はそれなりに休みがあるんだけどね、日勤の後食事付き研修会があったり職場の送別会があったり、それ以外に今ちょっと苦手なデスクワークもあったりしてそれ持ち帰ってるからしばらく夜の外出はスケジュール的に厳しいのよね」

もともとわたしには夜勤があるでしょと言うと納得してくれた。

「身体壊さないでくださいね」

「ありがとう。さっきも言ったけど、夜勤前後の昼間は休みがあるから大丈夫よ。ここがランチ営業してくれたら来られるのにね」

残念、とため息をつくと
「そんなことしたらうちの大将が忙しすぎて倒れます」と言われた。

それはそうだ。
仕入れから仕込み、営業、片付けと全部の場面で人任せに出来ない性格らしい大将はいつも忙しそうにしている。
人を雇っているにもかかわらずだ。

定休日も身体を休めているのかいないのか。

「わたしも大将が大事だからランチは諦めるわ」

「そうしてください」

「桐生くんの開業はいつなんだっけ。桐生くんがいなくなったら大将の負担が増えちゃうと思うとやめて欲しくないわね」

「あれ、俺って評価してもらってます?」

不思議そうな顔をする桐生くんにちょっと笑いながらわざとらしくため息をついた。

「何だかわたし、桐生くんに小姑だと思われてたみたいね」

「あれ違いました?」

クスクスと笑いながら桐生くんは「忙しいでしょうけど無理しないでくださいね」と食器を下げていった。

食事も済ませたし帰ろうと伝票を持って立ち上がると
「ふみか」
とカウンターの中にいた大将に名前を呼ばれる。

振り返り大将の方を見るとると、カウンターに座っていた女性客たちの厳しい視線がわたしに突き刺さる。
今夜は特に男性客に混じってそんなお客さんが何人かいたからカウンター席が埋まっていたのだ。

大将の顔を見るために来るという常連の女性客もいるくらい大将は人気があるから、こういうときちょっと困る。

「大将、帰りまーす」
空気を読めという視線を送ると、わざわざカウンターから大将が出てきた。

「どうしたんですか。やっぱり何か言いたいことがありました?」

「ああ、まあな」

「ここは俺がやるから片付け頼む」そう言ってレジ前にいたスタッフさんを下がらせて自分がレジを打ち始めた。

クレジットカードを渡すと、
「木曜の日中は休みか」
ぽつりと呟くように聞かれる。

「え?何?何かあります?」
休みを聞かれるのは初めてで驚いてしまう。

「いいから。休みかと聞いているんだが」
なぜだか不機嫌な表情で、決済が済んだクレジットカードも返してもらえない。

「夜からは予定が入ってますけど、夜勤明けで一応休みです」

「そうか、夜勤明けか・・・。午後から出掛けることは出来るか?」

「午後ならたぶん」

「よし。13時半に迎えに行くから、後でふみかんちの住所をメール入れとけ」

迎えに行くってことは一緒に出掛けるってことだよね。今までそんなことしたことないけど、なぜ。

「どこ行くんですか。それに迎えってーーー」

「いいから。夜には帰すし、車だから移動中眠かったら寝てればいい。わかったな、住所教えろよ」

いやいやいや、待って、いったいどういうこと。

意味がわからずオタオタしているとクレジットカードを握らされ強引に背中を押されて店の外に押し出された。

「じゃあ、後で必ず住所の連絡してこいよ。約束は守れ。気をつけて帰れよ」

言いたいことだけ言った大将はお店の扉をぴしゃりと閉め、わたしはひとり店の外でクレジットカードを手に立ち尽くした。


ーーー説明が欲しい。



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