裏側の恋人たち


「オハヨウゴザイマス・・・。」

時間ピッタリに高級SUV車で現われた大将にいろんな意味で目眩がする。

「感心、感心。ちゃんと支度していたな」

仮眠をとってシャワーを浴びメイクをしたけれど、誤魔化せているのかいないのかわからない年齢と疲労による肌の艶のなさ。

助手席のドアを開けてくれた大将にお礼を言って車に乗り込む。

なにこれ、さすが高級車。
グッと沈み込みながら身体がホールドされるシートの安定感。
運転席にいるのが大将でなければ秒で眠れる自信がある。

「そこのスイッチ触れば角度を変えられるからふみかの座りやすい位置にしろよ」

「滅相もない」

こういうのって後で問題になるやつだよね。
次に恋人が乗った時にシートの場所が違うって浮気を疑われてすれ違っちゃたり。
そういうのに巻き込まれるのはちょっと勘弁です。

「・・・・・・。」

「で、今からどこに行くんですか。こっちは住所教えたのにそっちは全然教えてくれないし。行き先も教えてくれなかったから服装選びも大変だったんですけど」

不満を伝えると
「ああ、そうか。それは悪かった」と素直に謝られて拍子抜けした。

「横須賀に行くんだ。ふみかは知らないと思うけど、俺の2つ上、ふみかには7つ上の先輩が横須賀で海産物の店をやってる」

「弓道部のですか」

「そういうこと。婿入りしたってのは聞いてたんだが先月代替わりしたって連絡もらってて。ちょうどいい機会だから顔を出しながら魚介類も見せてもらおうかと思ってな」

なるほど。
ーーーって、なるほどじゃない。

「それになぜ私が?」

「お前、ヒマだろ」

すっぱりと言い切られて「ヒマじゃないです」ときっちり否定させて頂いた。
忙しいって言ったと思うんだけど。夜も予定があるし。

「ふらふら出掛けてる姿を見かけたからてっきりヒマなんだと思ったんだが」

ふらふら?

「身に覚えがないんですけど、それっていつの話ですか」

「ーーーまあいい。それより腹は減ってるか?」

「いいえ、寝起きに軽く食べたのでまだ。大将は?」

「俺もだ。試食をさせてもらえるらしいから少し腹を減らしてから行くか。歩けそうなら灯台の辺りを散策か街歩きでもいいけど。疲れてるみたいだから余り歩かなくていいところにするか」

予想外の提案にドキドキする。
なんかこういうのってデートみたいじゃない?
勿論デートじゃなくて大将は仕事だし、
ただひとりで行くよりはって後輩の私を誘ってくれただけなんだろうけど。

「行きたいです、灯台でも街でも。歩けますから」

前のめり気味に言うとハンドルを持ち前を向いたままの大将の口元が少し緩んだのが見えた。

「よし、試食するから街歩きは次回にしよう。ふみかのことだからきっと街中を歩くと横須賀カレーが食べたくなるから。今日は観音崎にでも行くか」

「はい」

観音崎。地名は知っているけれど、行ったことはない。
知らないところに大将と行くと思うとちょっと緊張だけど、たぶんこれは神様のくれたご褒美だ。

知らない間に徳を積んでいたか、誰かの何かを助けていたのか、とにかくせっかくのチャンスなんだから楽しんでしまえばいいか。

「どうした」

嬉しくてにへにへと笑っていたら大将に不審がられたらしい。

「いえ、デートみたいで嬉しいなと」

「は?」

「あ、失礼しました。図々しくてすみません。でも悠一先輩と二人きりで出掛けるのなんて初めてだから浮かれてるんです。かわいい後輩でしょ」

「・・・・・・お前はホントに・・・・・・」

はあっとため息をつかれてしまい肩をすくめてちろりと舌を出した。

高校生の頃の私に教えてあげたい。
憧れの悠一先輩と14年後にデートが出来るってことを。


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