裏側の恋人たち
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「本当に申し訳ない。・・・浜さんに付き合って欲しいと言ったこと、撤回させてもらいたい」

福岡先生からあのカフェに呼び出されそんなことを言われた。

今日のカフェは定休日。
4人掛けのテーブル席。
目の前にはいつも通りクマさんの福岡先生と前回このカフェのレジにいた女性。
私よりずいぶん若い。おそらく20代半ばって感じのかわいらしい子だ。

ハーフアップにしたヘアスタイルも白いブラウスもよく似合っていて小さな白い花のピアスがよく似合っている。

その二人が私に向かって仲良く揃って深く頭を下げている。

「えーっと、あの、これはーーー?」

あの告白を撤回してもらえるのは正直有り難い。
合計3回福岡先生とは出かけたけれど、先生に感じたのは同志としての想いだけで恋心はこれっぽっちも感じなかった。

おそらく先生も同じだったと思う。
楽しく会話ができたけれど、あ、これ恋愛とは違うって気が付いたんじゃないかなとは思っていた。

「すみませんっ。わたし、ずっと壮さんの事が好きで。壮さんには女性の影がなかったから妹みたいなポジションで我慢していたんですけど、あなたと楽しそうにしているところを見たら耐えられないって思って」

・・・・・・。
そういう感じね。うんうん。

「私が、私が無理矢理迫ったんです。だから、そのーーー」

「はい、ストップ。大丈夫です」
真っ赤になった彼女を笑顔で止めた。

「センセ、女性にそんなこと言わせちゃダメでしょ」

ぎろっと睨むと「すみません、本当に」とクマがでかい身体をぎゅっと縮めた。

恋愛下手とは聞いていたけど、これはひどい。
こんな男でいいの?と聞いてみたくなったけれど、それも失礼かと思って何とか堪える。

「私と先生の関係は同じ病院で働くスイーツ仲間です。それ以上でもそれ以下でもありません。でもこれからは二人で出掛けることはありませんから安心してくださいね」

にこりと笑顔を向けると彼女はホッとしたように表情を緩めた。
二人で顔を見合わせているところなどかなり微笑ましい。

ぐいぐいいったらしい彼女とそれを喜んで受け入れたっぽい福岡先生。

二人を見ていると何だか例のクマの童謡を思い出す。
目の前にいる白いピアスの女の子と優しいクマさん。
二人で手を繋いでスキップしながら歌を歌う
ーーーあくまでも童謡のイメージ、イメージです。

頭の中に浮かんだ変なイメージを追い払い二人ににこりと笑顔を見せた。

「私のことはどうぞお気になさらず、大丈夫ですからくれぐれもご心配なく」

こっちも二人きりでのお出かけは怖い人に禁止されたのでーーーとは言わないでおく。
まあいいよね、このくらい。
失恋したわけじゃないけど、なんだかフラれたっぽくなってるし。

私のことは大将がちゃんと分かっててくれたらいい。



「ところで浜さん、佐野くんのことは知ってる?」

「ええ、異動先がふたば台病院じゃなくて千秋の部下になったって聞きましたよ。楽しくやってるみたいですね」

「うん、先週本院に行ったときに偶然佐野くんに出会ってね、美原さんのこと厳しいって言いながらとても嬉しそうだった」

その姿が目に浮かぶようだ。
彼、ちょっとビシビシやられるのが好きっぽいし・・・・・・。
容易に想像がついてしまいちょっと笑ってしまった。


「じゃあ話も終わったし、私は帰ります」

苛々しながら待っている人がいるので、と心の中で付け加えた。

立ち上がろうとすると、
「待ってください。ケーキを、うちのケーキを貰ってください」
と女性が私を引き留めてパタパタと店の奥に走って行った。

いいんですか?と先生の顔を見ると
「貰ってくれると嬉しい」とまた頭を下げる。

「ここのスイーツは彼女が作っているんだ。今日は定休日だけど、浜さんのために作ったから持って帰ってやってくれるかい」

「私は嬉しいですけど、何だか申し訳ないですね」

「いや、何だか変なことに巻き込んで本当にごめん」

福岡先生は彼女の消えた店の奥に目を向けた。
わあ、そんな愛おしそうな目もできるんですね。これなら大丈夫そうかな。

「センセ、また曽根田さんみたいな子が近付いてきてもーーー今度はわかってますよね」

「うん、大丈夫。きちんと学習したから。彼女のことは嫌な気持ちにさせないし勿論泣かさない」

「はい。頑張ってくださいね。お幸せにどうぞ」



彼女の作ったというケーキを受取り、心からの笑顔を二人に向けた。



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