裏側の恋人たち
「よお」
「『よお』じゃないから」
病室に入っていくとあちこちガーゼと湿布だらけの瑞紀がいた。
倒れて頭を打ったんじゃなかったっけ。聞き間違えたかな。
頭には包帯もガーゼもなくなぜか額と頬にガーゼ。
病衣から覗く左腕と右手もガーゼと湿布。
思ったほど顔色は悪くないし、わたしを見ていつもの笑顔を見せるところも普段通りだけど。なんかおかしくないかい?
「悪いな、見てわかると思うけど利き手を痛めてペンが握れないんだ。入院時の書類1つ書けやしない。頼むよ」
「いいけど」
ぶっきらぼうに返事をしてベッドサイドに置いてある入院手続き一式を手に取った。
ベッドサイドの椅子に腰掛け、バッグの中からボールペンを出して入院同意書やら病衣貸し出し書などなど普段は書く側ではなく確認する側なんだけど、内容は当然頭に入っているからどんどん記入していく。
「ねえ、緊急連絡先はどうするの。実家でいい?前回はどうしてたの」
「そんなのもう覚えてない。今回は響でいいだろ。保証人も響なんだし」
「そんないい加減な・・・」
まあ急変するような状態ではないらしいから緊急連絡先も形式だけだろうし、早ければ明日退院だっていうし・・・いいっか。
「ねえ、主任には過労で倒れたって聞いたけど、どうしてそんなに傷だらけなの」
さらさらとペンを走らせながら問いかけると「ああこれか」と言うだけでその続きがない。
「・・・瑞紀?」
答えが返ってこないことにちょっとむっとして顔を上げ軽く睨んでやる。
「あー、やっとこっち向いたか。お前ちっともこっち見ないし。話するんなら顔見て話せよ」
視線を合わせると瑞紀はへらりと力の抜けた笑顔を見せる。
何なの、その嬉しそうな顔は。意味分かんない。
「何言ってんの。で、わたしはさっきから何でって聞いてるんだけど」
そんな表情を見せられてどうしようもなく胸がざわつく。
「だって何週間ぶりかわかってる?全然店にも来ないしさ」
そんなの知るか。
だいたい誰が悪いのよ。あんたでしょうが。
「・・・・・・もういいわ。これナースステーションに出したら帰る。お大事にどーぞ」
「ちょ、ちょっと待て、待て待て。なにアッサリ帰ろうとしてるんだよ」
「まだ何か?」
書類を掴んで立ち上がり冷たい視線を向けてやると慌ててわたしを止めようと膝立ちになり「痛てて・・・」と瑞紀は呻いた。
見えなかったけれど、どうやら足にもダメージがあったらしい。
「馬鹿じゃないの」
ナースとしては最低な暴言を吐いてやる。今は完全プライベートだからね。
「うー、全くもって響の言うとおりなんだけどさ」
痛てぇと言いながら「もう一つ頼みをきいてくれよ」と更におねだりが来る。
なんなのと目で問いかけると
「悪いんだけど、着替えとか持ってきて欲しいんだよ。売店にパンツも売ってるけどやっぱりパンツは履き慣れたメーカーのじゃないと落ち着かないしさ」
はいはい、真っ当なお願いだ。
うん、それはわかる気がする。
わかるけれども。
それは婚約者に頼めばいいんじゃないの。
それに明日退院するなら一日くらい違うメーカーのでも我慢しろって話よ。
「入院伸びそうなんだよ。少なくとも明日明後日は退院させてもらえないってさ。ホントは明日帰れるかもって言われてたのに」
「え、なんで?」
「怪我が増えたから?」
なぜそこで疑問形。
瑞紀が困ったように小さく笑う。
増えた?怪我って増えるもの?
「だから頼む。ノートパソコンもお願い。これ新しい住所」
紙切れを渡され思わず受け取ってしまったけど。
「新しい住所?」
全くもって意味がわからないことだらけなんですけど。