裏側の恋人たち
ーーーあれ?

寝室とおぼしき部屋にベッドはなく、がらんどうでリビングと同じでレースカーテンだけが引かれていた。

覚悟して入ったもののまだベッドが置かれていないことに安堵して奥の引き戸を開けウォークインクローゼットに入る。

ここもオートライトになっていてすぐに明かりが点灯し中が見渡せる作りになっていた。
その奥にもまだ扉があり、おそらくそこは納戸になっているのだろう。そっと開けてみたけれど、窓はなくオートライトの設置はなかったので真っ暗だった。窓がないから戸締まりの心配はないので問題なし。

クローゼットは左右の壁面に棚やポールがありおそらく夫婦が左右で使い分けできるようになっているのだがーーー
ここもまだ女性の荷物は運び込まれておらず左半分のスペースはがらんと空いていた。

右側には必要なものだけ出してあるといった雰囲気でスーツやワイシャツがハンガーに掛かり、まだ整理されてないだろう段ボール箱が積み上がっていたけれど。

・・・よかった。
前の部屋の時のような女性の荷物を見ずに済んだことにホッとしながら引き出しを開けて瑞紀の下着を取り出していく。
好きな人の下着だと思うとドキドキするけれど、”仕事、仕事、これは仕事”と思うと冷静になれる、これぞ職業意識。

ついでに小さな明かり取りの窓の施錠を確認して寝室を出た。


頼まれた用事の殆どが終わり、後は他の部屋の戸締まりを確認してここを出るだけ。
さっさと終わらせて病院に戻ろうっと。


でも、何かおかしいんだよね。
全部の部屋の戸締まりを確認しながら思ったけど、瑞紀はこの家の中のどこで寝ているんだろう。
寝室にお布団の類いはなく、リビングにソファーもなければラグひとつ敷いてない。

新築引き渡し直後のような部屋の中、バスルームと洗面台、書斎には十分すぎるほどの生活感があるからここで暮らしているのは間違いないと思うのだけどーーー?

入院中に瑞紀が気になるだろうと思いたまったゴミを処分するためにもう一度書斎に入る。
床に落ちていたコンビニおにぎりの包みゴミを拾うときに部屋の片隅に置いてある布の塊に気が付いた。

もしかしてこれ寝袋なんじゃない???
他人の部屋のものを勝手に触るのはマナー違反だと思いながらも手に取らずにはいられない。

広げてみるとそれは確かに寝袋だった。
まさか毎日ここで寝ているわけじゃないよね?

わたしの脳裏に主任が言っていた言葉がよみがえる。
”過労”
”貧血“
”肝機能もよくない“
”炎症反応もある”

信じられない。
何してるのよ、こんな立派なマンションに住んでいながら固いフローリングにこんな薄っぺらの寝袋ひとつで寝てるだなんて。

おまけに散らかったゴミはエナジードリンクとプロテインバー、アミノ酸のサプリ。
キッチンには冷蔵庫もなくコンロはおろかシンクも使った形跡はない。
イヤな予感がして収納扉を開けて見たら鍋はおろかコップひとつない。

お店のスタッフたちが言っていた。
”最近オーナーはお店回りをしていない”
と言うことは食事をお店で食べていない。

ここで生活していないのならいいけれど、書斎とバスルームは生活感で溢れている。
瑞紀はどこで何を食べていたのかーーーー


なにやってんだ。

わたしが知る限り、瑞紀は生活力のない男ではなかった。
コーヒーは自分で挽いて淹れていたし、前の部屋のキッチンには大きな冷蔵庫があって確か朝食は自分で作っていたと思う。

新婚生活に合わせて全てを新しいもので揃えたいのだとしても身体を壊してまでこんなに不便な生活をしている意味はどこにあるんだろう。

ばかじゃないの。
婚約者は何をしているの。

瑞紀は経営者でたくさんのスタッフに対して責任がある。
健康管理も出来ない経営者とその婚約者に怒りが込み上げてくる。



どんな事情があるのか知らないけど、瑞紀のことを大事にしないのならーーーわたしに瑞紀を頂戴よーーーー






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