裏側の恋人たち
はあ。
思わずため息が出てしまったけれど、それは仕方ないと思う。
私は悪くない。

「諸事情は理解した」

「そうか」

瑞紀は嬉しそうな顔をしたけれど、私は事情がわかっただけで納得したとは言っていないし、許したとも言っていない。

「瑞紀、熱が出てきたみたいよ。手が熱くなってる。もう寝て」

私の手に重ねられた瑞紀の右手に熱感がある。

「いや、まだ話し終わってないし。むしろこれからが本題だし。手の熱さは気のせいだ。それとも久しぶりに響の手を握ったからじゃないか」

あほらしい。手を握って熱くなるなんて中学生じゃあるまいし。
それに前は握ってましたーみたいないい方をするな。酔っ払ったとき、階段が危ないって何回か手を繋いだことがあるだけだろうが。

「とにかく、今日はもう寝て。話ならまた明日聞くから。入院が長引くと困るでしょ」

強引に握られた手を引っぺがし電動ベッドを元の位置に戻すと、枕とシーツを直してやった。

渋々と瑞紀も寝やすい態勢に体勢を整えていく。
目も潤んできたし、これからしっかり発熱するかもしれない。
夕方の検温までまだ時間があるから一応スタッフに伝えておいた方がいいかもしれないな。

「眠いでしょ。寝なさいって」

「いや、寝ると響が帰っちゃうから」

「ふざけないで。過労で倒れた人が何言ってんだって。殴って寝かせてもいいのよ」

「付き添いの添い寝とか頼めないの?」

「そんな制度あるか」

ぐだぐだと絡んでくる瑞紀に殴るふりでげんこつを持ち上げていると、ノックの音と同時に館野先生が入ってきた。

「おっと、お取り込み中に失礼しました」

新婚幸せオーラで発光中の館野先生はここのオジョウサマのご主人だ。

結婚して更に人当たりがよくなり、老若男女にモテモテなわけだけどそれ以上に奥様になったオジョウサマを溺愛しているものだから女性トラブルは耳にしていない。

今や日本を代表する有名ドクターが瑞紀の主治医となったのも彼らの結婚パーティーが成功したお礼みたいなものなのかもしれない。

「あれ、もしかして君、ナースの佐脇さん?」

館野先生が私を見て目を丸くしている。

「はい、館野先生お疲れ様です」

「そうなんだ。私服だとすぐに気が付かないものだね。鳥越さんは佐脇さんの大事な人ってことでいいかな。病状説明はこのまましても?」

館野先生は私と瑞紀の顔を交互に見て確認する。
すぐさま瑞紀が「お願いします」と言ったことで説明が始まった。

とりあえず反論するのはやめておいた。


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