裏側の恋人たち




退院して私の部屋に行く前に部屋着など泊まりに必要なものを取りに寄った瑞紀のマンション。

「入って」
「うん、お邪魔します」

瑞紀が彼女と住むために準備した部屋じゃないとわかって一気に嫌悪感はなくなった。
しかも、私がお願いして入れてもらうのではなく、瑞紀が望んだことだ。

前の部屋に誰も入れなかったのは自分の部屋じゃなくて父親たちの自宅だという借り物に住んでいる感覚があったかららしい。

「あれは他人の家だったからな。何とかしたかったけど、義妹とは連絡つかないから勝手に処分も出来ないし」

「出勤も近くて便利だし?」

「そういうこと。それに俺あんまり物に執着ないし」

ああそうね。そんな男だよね。

私たちは瑞紀の衣類を取りに寝室に入る。
入院中と違って部屋着も必要だし、明日からは数時間出勤もするというからスーツもないと困るらしい。

ベッドが置いてないから広々とした空間。
ここにはベッドだけじゃなく厚手のカーテンを買わないと眩しくて眠れないだろう。
この部屋に必要なのはベッドと寝具一式とカーテン。
買い忘れないようにメモしておかないと。

「響、ちょっとそこの壁面収納の扉開けてみて」

「ここ?」

そういえば、下着を取りに来たときにここを見て欲しかったみたいなことを言っていたっけ。
言われたとおりに扉を開けてみる。

あ。

そこに並んでいたのは、私が瑞紀の部屋に置きっぱなしにしていた洋服たちだった。
ここに運ばれていたんだ。しかもきちんとかけておいてくれてある。

「そのうち取りに行こうと思って放置してた。ここに置いてくれたんだね。ありがと」

「・・・靴もちゃんと玄関のシューズクロークに並んでる。それにも気が付かないよな。響だもんなーーーはあ」

瑞紀はちょっと肩を落としている。

「それと、もうひとつ。こっち来て」

私の手を引いてウォークインクローゼットの奥に向かっていく。
瑞紀は扉を開けて壁のライトのスイッチを入れた。
かちんと音がして暗闇が明るい部屋へと変わる。

そこにあったのはーーーー

「え、どうしてこれがここにあるの?」

金庫が置かれていると思った部屋の奥に見覚えのある着物が飾られるように掛けられている。


「これを結婚式で着るのが夢なんだってな。響の実家に行ってもらってきた」

「もらってきたって・・・。なぜそんなこと知ってるの。ううん、そんなことより何故勝手なことしてるのよ」

「そりゃあもちろん響の夢はなんでも叶えてあげたいし」

聞いたからって普通持ってくるか?
あきれ顔で見つめると、瑞紀の顔が柔らかくなった。

「おばあちゃんとお母さんが着た着物だって?俺にはよくわからないけど、うん、こうしてみると響によく似合いそうだ。これ着て俺の隣に立ってくれるんだろ」

ドキンーー
大きく胸が鳴った。
それってもしかして自分と私の結婚式ってこと?私と結婚するの?そういうこと?
だってこれ打ち掛けだよ?

「・・・・・・瑞紀は何を着るの?」

「これに合う和装を探すしかないなぁ。俺に理想はないし」

「・・・・・・あっそ」

私はくるりと背を向けて小部屋を出ていくと背後から「あ、おい。あっそってなんだ、あっそって」と慌てた瑞紀の声がする。

スタスタと寝室まで戻ってくると瑞紀に追いつかれ手を掴まれた。

「うわ、痛ぇ、忘れてた」

右手首を痛めているのを忘れて右手で私を掴むからだぞ・・・。

無表情でじーっと見つめると、何か心当たりがあるのか気まずそうに目をそらした。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

「あー、まあそういうわけで、結婚してくれ」

ちらっと私の顔を見ただけですぐにどっか向いたくせに、なにがそういうわけだ。

「・・・・・・ふーん」

「え?!これもダメ?」
ガバッと音がしそうな勢いで瑞紀が私の顔を見た。

「ふーんって、ふーんってさ、仮にもプロポーズしたのにーーー」

「・・・・・・私たち、一度でもそういう雰囲気になったりそんな話をしたことがあったかしら」

冷たく返すとまた瑞紀が目をそらしたーーーー


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