裏側の恋人たち
とりあえず寝室を出て、瑞紀はリビングで正座。

ソファーもクッションもないのだから仕方ないよね。
ねえ、仕方ないでしょ?

「いろいろ説明してもらわないと」

兄とどんな話をしたのか、私の実家になんと言って着物を持ってきたのか。
私とはデートもキスもしたことないのにいきなり結婚とか。
ううん、それよりきちんとお付き合いしてない。数日前までお互いのプライベートな連絡先を知らない関係だったし。なのにいきなりプロポーズとか。

腕組みをして見下ろすとさすがに瑞紀も殊勝な顔して頷いた。

「俺は響と一歩進んだ関係になりたいと言ったのを覚えてるか?」

「義妹さんが突撃してきた日の話だよね」

あの日のことは忘れたくても忘れられない。
目の前で婚姻届を見せつけられたんだから。

「アイツのせいでうやむやになってたけど、あの時俺は響との関係をちゃんとしようと思っていたんだ。11年ぶりに響と再会した時にはそんなことこれっぽっちも考えてなかったけど、それがどうしてこうなったんだかーーーお前は本当に小悪魔だよな」

ちょっと待って、いきなり後半あたりから嫌味っぽくなってる。

「私のどこが小悪魔だっていうのよ」

「響、お前さあ、初めは『運命の再会だ』とか『相性抜群だから恋人にピッタリ』『言いたいことを言い合える関係の方が瑞紀には合ってる』『近くにいたら愛は生まれる』とか言ってぐいぐいきてたくせに、気が付いたらただ普通に隣にいて、ホントにただそれだけ。俺のテリトリーの中に自分の居場所を作るだけ作って後は知らん顔ーーー」

え?
あれ?そうだっけ?そんな風に思ってたの?

「初めだけ俺に好きだとか愛を説いていたくせにそれからいつの間にか俺のこと放置だもんな」

「いや、別にそんなつもりは・・・・・・」

「そんなつもりは?なかったか?楽しく飲んで食って。うちの店じゃ俺より従業員と仲良くしてたように見えたけどな。一歩近付いてきたと思ったらすぐに引くし、あれはわざとか?」

そ、そんな風に見えていたんだ。
勿論わたしにそんなつもりはなかったし、瑞紀は味のチェックや客層のリサーチとかお仕事があるから邪魔しないようになんて思っていたんだけど。

「お前が特別な存在だって気が付いたときにはお前はいつ来るかわかんねえって状況になってるし」

だったら連絡先を聞いてくれればよかったんじゃないのかなと思うけど、今はちょっと言い出せる雰囲気にない。
瑞紀はすっかりお怒りモードに入っていてここぞとばかりに私に対する不満をぶちまけている。
正座したままではあるけれど。

「二ノ宮家のパーティーの後だって、響はなかなか店に来ないし。俺ばかりやきもきして酒を飲み過ぎたことは否定しないけど。やっと連れ込んだと思ったのに気づいたら朝ひとりで下着姿で寝てるし・・・・・・響に俺の気持ちがわかるか」

「・・・・・・。」

これは何と返したらいいのやら。

まさかとは思うけど酔っ払ってはいないよね?
病院の朝食になにか悪いものでも入っていたんだろうか。

「お前はいったい俺をどうしたいんだ」

「・・・・・・。」

わたしも言いたいことはいろいろあるけれど、今ここで言い返しちゃいけない気がする。なんなら私も正座した方がいいのかもしれない状況だ。

瑞紀が私の打ち掛けを持ち出してーーー
自分の待ち望んでいた未来が手に届きそうな展開になっているのは間違いないと思うのだけど、それでも私の中の乙女心がそんな風に流されて納得していいのかと私のスカートの裾をひっぱってくるのだ。


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