裏側の恋人たち
「ここに家具がなにもない理由はわかるか?」

いきなり話が変わって首を傾げる。

「下着を取りにここに入ったときには瑞紀があの人との新婚生活を特別高級な家具で揃えたいから手配から設置に時間がかかっているのかななんて思ったけど・・・」
なんか違うっぽい。

瑞紀の射貫くような視線が私に突き刺さる。

「ここの、このマンションの俺の部屋に入る女は響だけだから、家の中のものは全て響と俺が気に入るものを一緒に決めたかった。家具も家電も食器もタオルもカーテンも。ーーーさすがにもうこれがどういう意味かわかるよな」

私はこくりと頷いた。

瑞紀が今まで住んでいたところで使っていたものの大半はお父さんの新しい家族の、瑞紀が含まれない家庭のものだった。

私と暮らすために家具を買うのを我慢してくれたのだとしたら。
自分は物に対して執着が無いと言っていたけれど本当はそうではなかったのかもしれない。

私とそして自分の新しい生活のためにーーー全てを二人で決めたかったのだろう。


「瑞紀は私と結婚してここで暮らしたいの?」

「逆に俺のこれからの人生、それ以外の選択肢があるなら教えてくれ」

これ以上無い瑞紀の言葉が真っ直ぐに突き刺さる。

ーーーああもうダメ。

そんなこと言われたらもうどうしようもないじゃない。

胸の奥を打ち抜かれ、格好悪いけど膝に力が入らずフローリングの床にぺたりと座り込んだ。
気持ちが溢れて止まらない。

こんなの反則でしょ。

あんなに恋愛を拒否するような態度で私のことだってずっと食事仲間みたいな扱いだったのに。


わたしのことなんてーーー別にーー
わたしのことなんてーーーどうでもいいわけじゃなくて

本当はちゃんと考えてくれていたんだね。


こみ上げてくる涙を堪え、きちんと瑞紀の正面で正座をしてしっかりピンと背筋を伸ばし視線を合わせた。

「ごめんね、瑞紀。私と結婚して家族になってくれる?」

「響ーーー」

瑞紀が膝立ちになり私を抱き寄せる。
抱きしめられてお互いの体温を感じると思いが涙と共に溢れて止まらない。

こんなに近くていいのかな。
こんな私でいいのかな。
私が家族になってもいいのかな。

背中に回された瑞紀の手が泣きだした私を宥めるように優しいタッチでさすってくれる。

「響のこれからと俺のこれからは一緒だ。響の仕事は好きなだけやればいい。子どもが出来たら協力して育てよう。出来なかったら二人で気ままに暮らそう。大事にするから俺のことも大事にしてくれ」

うんうんとしゃくり上げながら返事をすると、一段と強く抱きしめられた。

「ーーー好きだ」

シンプルなひと言が一番心に響くのかもしれない。
嬉しくて嬉しくて胸が苦しい。

『ありがとう、私もよ』と言いたかったけれど、全て嗚咽になってしまい言葉にならない。
瑞紀は黙って背中をさすってくれたーーー





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