裏側の恋人たち


私の涙が落ち着いたところで瑞紀が私から離れ、ばたんっと仰向けでフローリングに寝転んだ。

まだきつい姿勢で無理をさせてしまったと今更ながら体調を気遣うと、瑞紀は天井を見つめて呟いた。

「限界だーーー」

まだあちこち痛いはずだし、体力も戻ってきていないのに。
正座させたり膝立ちで抱え込むように抱きしめてもらったりして申し訳なかったな。

「ごめん、まだ身体キツかったよね。退院したばかりなのに」

申し訳ないって思ったんだけど。

「どこが痛いの?痛み止め飲む?」
早く着替えを持ってうちに移動したほうがいいだろう。


天井を見つめたまま瑞紀が大きなため息をついた。

「このまま響の全部を貰いたいのに」

はあ?
何を言い出すかと思えば、そっちか。

「ベッドだけは買っておくべきだった・・・・・・」

それをすごく後悔してるという空気感を全面に出して呟く瑞紀に呆れて
「ーーーまだあげないわよ」
と冷たく返す。

全部を貰いたいと言われて、嬉しいというよりーーーなんか違う。

さっきまでの甘々な空気感はどこかに吹き飛んでいった。

「えーっと、鳥越サン」
目を細めて睨んでしまう。

「何もかもすっ飛ばしてのプロポーズだったんだから、初めてのキスは結婚式の神様の前でする誓いのキスの時でいいよね。もちろん初夜もきちんと《《初夜》》で」

さっきまで大泣きしたから私の顔は偉いことになっている。
ハンカチで涙を拭き取りぐしゃぐしゃの顔を少しでも整えながら、呆然とする瑞紀ににっこりと微笑んでやる。
これくらいの仕返しは許されると思うのよ。

「は?お前この期に及んでなに言って」

私の言葉は余程予想外だったのか、
がばっと起き上がった瑞紀はやはり身体が痛むらしく「うっ」と唸り脇腹を押さえながら私を睨む。

「瑞紀の中では私がずいぶん自分勝手な女になってるみたいだけど、私から見たら瑞紀だって相当でしょ」

こうして最終的には受け入れてもらったけれど、それまで付き合うでもなく、かといって突き放すでもなく中途半端にだらだらと自分の側にいることを受け入れて。
私が離れた後で連絡先を知らず焦ったらしいけど、本気で探そうと思ったら自分のとこの従業員の誰かに聞けばすぐにわかったと思うし。私がマユミさんたち従業員の彼女らと親しくしているのは知っていたはずなのだから。

「結婚願望がない俺が友人の大事な妹に手を出すわけにはいかないだろ。俺にとって響は簡単に手を出しちゃいけない特別な女だったんだよ」

「でも結局私と一緒に住むためにこんな素敵なマンションを準備してくれたのなら、誰かに聞いてもっと早く私に連絡してくれたってよかったんじゃないのかな。過労で倒れる前に」

「マユミさんあたりに聞けば響の連絡先なんかすぐわかるとは思ったけど、さすがに『いつも一緒にいたのにどうしてそんなことも知らないんですか』って言われると思って・・・・・・聞きにくいだろ。ただでさえ、どこの店に行ってもどうして響が店に来ないんだって聞かれてさあ。どの店に行ってもまるでオーナーは来なくていいから響に来て欲しいって責められてるようだったんだからな」

それはちょっとお気の毒。
まあ実際マユミさんはその事実を知って呆れてたね。
これ瑞紀には言わないでおこうっと。


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