裏側の恋人たち
「私もね、相手は選んでますよ、もちろん。だからーーー」

「だから?」

話の途中で不自然に止まった愛菜の様子がおかしくてその視線の先を辿ると、見覚えのある男性が此方に向かって歩いてくるところだった。

「久しぶりだね、お二人サン。こんなところで男漁りかな」

「お久しぶりです。先生もお元気そうで」

目の前に立つのは下半身クズの布川先生だった。
このクソやろう。

「今晩は。先生はお一人ですか?」

敵意剥き出しのの私と違って愛菜はいつものラブリースマイルで答えている。

「いや大学の同期とここで待ち合わせなんだ。君たちはナンパ?俺や俺の同期には手を出さないでくれよ。でも、あれだな、俺の仲間は君たちみたいな安月給のナースになんか興味もたないか。それとも色仕掛けで一晩のお情けでももらう?あはははは」

嫌味な言い方と笑い声にムカッとする。
なんでコイツにそんなことを言われなきゃいけないんだ。

「あら、やだ。センセーったら面白いこと言いますね。私はナンパなんてしなくても入れ食いで男性には困ってないんです。あ、お断りするのに苦労してますけど。それに、センパイにも純愛中の超有名イケメン若手敏腕経営者の婚約者がいますし。私たちセンセーみたいな下半身で物を考える男には興味ないんで大丈夫ですよ、どうぞご心配なく。あ、センセーは下半身が脳みそでしたっけ、脳みそが下半身でしたっけ?ま、私たちにはカンケーないんでどうぞ安心してくださいね」

かわいらしい顔をした愛菜の口から出た毒に布川先生の目が丸くなる。
相当驚いたのだろうな、病棟のアイドルみたいな顔をしてる愛菜に噛みつかれて。

愛菜は職場ではチワワのようにかわいらしいけれど、実は中身はドーベルマンいや土佐犬だ。そのことを院内で知っているのは主任と愛菜の新人時代の指導ナースの私などのごく少数。
滅多に本性は出さないけど、愛菜の見た目に騙されるとエライ目に遭う。

「な、なんてーーー」

布川先生の顔色が赤くなり怒りに震え出す。

「ごめんなさい、表現が露骨だったかしら。でもね、ほら同時進行であちこちに手を出していたんですよね。そのせいで今はド田舎の療養型病院勤務なんでしょ。間違いが起こらないように患者さんはお年寄りだし、数少ない妙齢の女性スタッフにも先生に注意するようにお触れが出ているとかって」

ふふっと愛菜が口元に笑みを浮かべる。
視線はあくまで冷たく布川先生を見つめ、口を挟ませない。

「早く都会に戻れるといいですね。だから、ここでトラブルはまずいと思いますよー。ここってほら、二ノ宮病院やセンセーの大学からは遠いけど聖上大病院には近いんでセンセーのこと知ってる人がいないとも限らないですよぉ」

今度は満面の笑顔で布川先生を見つめ、早くあっちへ行けとばかりに「ねっ」と小首を傾げる。

すごいな、愛菜。

布川先生も揉め事は本意ではないだろう。
女性関係はアレだったけど、仕事は嫌いではなかったみたいだし第一線でやってきた自分が突然希望ではない療養型病院で働かなくてはいけないことに不満があるのかもしれない。

此方を睨みつけるようにして舌打ちして背中を向けた。

「あ、ちなみにですけどー、先生の女性関係の噂をばらまいたのってこのセンパイじゃないですよ。あれ耳鼻科の主任の元カレのレントゲン技師さんですから。ストーカーっぽくなってたみたいで主任の後をつけ回してセンセーのことに気が付いたらしいです。恨まれて刺されなくてよかったですね」

恐ろしい事実をさらりと告げられ、ぎょっとしたように背中がビクリと震えあっという間に布川先生はいなくなった。

自分の嫌味ひとつで愛菜に3倍返しされ逃げるしかなかったのだろう。
哀れとしか言いようがない。

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