裏側の恋人たち
「さっきのクズのことは忘れて飲みましょ」
「そうそう。せっかく二人だけで来たんだし」

はいかんぱーいと新しいグラスで再び乾杯すると、それからはお酒が進み次第に愛菜がグチグチと口が悪くなってくる。

「佐脇さん、本気で鳥越さんと結婚する気ですかあ」

「うん、決まってから入籍が早かったことはびっくりだけど、ずっと好きだったし。やっと捕まえたって感じ」

他人の恋バナはいいけど、自分のは恥ずかしくて顔が熱くなるのがわかる。

「いやいや、やっと捕まえたって・・・捕まってたの佐脇さんの方ですからね」

愛菜の眉間に見たことないしわが寄る。

「あの男は、絶対に腹黒ですよ。最初から佐脇さんの事狙ってたに違いありませんっ。自分の檻に囲い込んでおいて知らん顔して。自分からは何もしないでいたくせに、逃げ出そうとしたら逃げられないように佐脇さんのこと追い詰めたんですよ」

「えー」
愛菜の瑞紀に対する評価は低いな。

「腹黒なだけじゃなくヘタレです。もっと早く動いてたら佐脇さんだってストレス感じなかったのかもしれないのに。一時期ヤバかったじゃないですか、すっかり痩せちゃって。特に頬とか胸元とか」

愛菜は気が付いていたんだとちょっとびっくり。
島に長期出張に行く前とか確かにちょっとヤバかった。瑞紀から離れることを選んだのはいいけど、食欲が落ちて無理に口に入れてた時期が合ったから。
でも、島に行ったら気分転換が出来たし、仕事も食事もお酒も美味しくて復活したけど。

「あんな腹黒ヘタレに響サンとられちゃうのヤダ。ね、やめません?まだ間に合いますよ?入籍してないし。私が養ってもいいですよ?」

え、え、ええ?

「どうしたの、愛菜。何かあったの?」

上目遣いのうるうるした瞳で「やめましょう。私がいるじゃないですか」と見つめられて、同性なのに思わずドキドキしちゃうじゃないか。
可愛いんだよ、この子。本当に。
中身は土佐犬だけど。

「今まで通り一緒に仕事して、ご飯食べに行ってたまに旅行とかして。仕事がきつかったら辞めてもいいですよ。そしたらうちで暮らしてご飯作ってください」

思わず「うん」と頷きそうになったところで
「このアホが」
とぺしりと頭をはたかれた。

斜め上を見上げると、鬼の形相の瑞紀が立っていた。

「なに頷こうとしてんだ、お前は」

あ、そうでした。あまりに愛菜が可愛くて思わず・・・・・・。
えへえと笑って誤魔化すと、正面からチッと舌打ちが聞こえた。

「迎え、早くないですか。もうちょっとだったのに」
瞳うるうるのチワワの皮を脱いだ愛菜が瑞紀を忌々しげに睨んでいる。

瑞紀が虫垂炎で入院していたときに愛菜も何度か部屋担当になっていたから二人に面識はあるんだよね。
若干相性がよくない気がするのは私だけかなぁ・・・。

「イヤな予感がして迎えに来てみれば来てみればこれか。お前ら飲み過ぎだ。そろそろ帰るぞ」

「えー」
「ええっ、横暴だ。腹黒ヘタレなだけじゃなく横暴だ」

文句を言うわたしと愛菜をぎろりとひと睨みして、瑞紀は店の入り口付近にいる誰かに向かって手招きをした。

「さあ、俺の婚約者殿は帰宅。そっちにいる小動物の着ぐるみを着た野獣にも迎えを呼んでおいたから送ってもらえ」

「何を勝手な」
ぷくーっと膨れた愛菜に瑞紀が何事か囁き、それを聞いた愛菜は口をつぐんで瑞紀を睨みつけている。

「帰るぞ。はい、立って」

瑞紀に腕を持たれ強引に立ち上がらせられたのが気に入ない。
「ちょっと待って、まだ話し足りないしお会計もまだだし」

不満だと意思表示すると
「ウマに蹴られたくなければおとなしく帰った方がいい」
と瑞紀がニヤニヤしている。


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