裏側の恋人たち
お菓子の差し入れが三回目にもなった時に周りからよく鈍いと言われる私も違和感を感じた。

そういえば、こんなに他の病棟に顔を出すっておかしくないかと。
それに近くに誰もいない時とか福岡先生と水ちゃんの二人はなにかプライベートな話をしているみたいだし。

館野先生と水ちゃんのあのラブラブな関係に割り込むのは無理だと思うけど一応結婚前だしアピールしておくとか?
でも、館野先生と居合わせても気まずい様子もなければ敵愾心も見えないのは謎なんだけど。何ならドクター同士でちょっと仲よさげに話をしてるし。

まあ私には関係がないことだから、いいんだけど。
いつぞやの年中盛ってた内科医のようにトラブルを起こさなければ問題なし。
私は水ちゃんのついでにスイーツのおこぼれをもらえるしね。

そんなことより、今年もサンマが不漁なことと浜名湖のあさりが採れなくて都内では食べられないことの方が大問題だ。
秋はふっくらとして脂ののったサンマ、春は浜名湖の汽水で育った絶妙な塩梅のあさり。
それを日本酒と一緒にいつもの居酒屋でーーーっていうのが私の最高の贅沢であり私の仕事のモチベーションと言っても過言ではない。
なのに、それを今年も食べられないのか。うん、結構ショック。
とりあえず牡蠣を食べよう。


*****



「お疲れさまです」

「お疲れさまです。先生は当直でしたね。今のところうちは落ち着いてます」

「そう。よかった。何かあったら遠慮しないで呼んでくれていいから」

患者さんたちの夕食も終わり、消灯前の僅かな時間帯に福岡先生は顔を出してくれた。
福岡先生はファーストコール担当じゃなくても必ずこうして病棟回りをしてくれるからナースたちからの評判がいい。
些細なお願いもいやな顔をせずに聞いてくれるし。

作り笑顔じゃない笑顔で「ありがとうございます。助かります」と言うと福岡先生が驚いたような顔をした。
なぜだ。
もしかして私はいつも作り笑顔しか浮かべないと思っているのか?

「あ、福岡先生っ。先週はごちそうさまでしたっ!」

個室の処置が終わってナースステーションに戻ってきた優芽が福岡先生の姿を見つけて嬉しそうな声を出した。
これは優芽も先週の夜勤で差し入れをもらったんだな。

「いいえ。喜んでもらえてよかったです。ーーー今日もありますけど、あとで持ってきましょうか」

にこにこしながら優芽と私に甘い誘惑をする福岡先生。
美味しいんだよね、福岡先生の持ってくるお菓子って。
見たことのない高そうなお菓子も多い。

けれど今夜は水ちゃんいないけど、いいのかな。
まさか自分の当直の度にあちこちの病棟にお菓子を差し入れしてるわけじゃないだろうし。
さすがにお目当ての女性用のお菓子をもらうのは気がひける。

お断りしようとしたら「浜さーん」と廊下から声が。
振り向くと、先週胆石で入院した下林さんがちょいちょいと手招きしている。
イヤーな予感がして心の中でため息をつく。
勿論顔には出しませんよ。プロなんで。

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