裏側の恋人たち
「私も近所ですし、車移動するほどの距離にないし、私のマンションの前って車停めにくいですから。お言葉だけ有り難く頂いておきます」

じゃあ失礼しますと会釈して、先生が車を停めたであろう角と反対方向に歩き出した。

先生に言ったことは嘘ではない。
ここから徒歩数分だし、マンションの前は道路幅のわりに車通りが多い。
住んでいるところを知られたくないということとも違う。

なにかイヤだったのだ。
水ちゃんに教えてもらってあのカフェに来たってことが。
なぜかはわからないけど。




夕方、いつもの居酒屋に向かうと待ち合わせの相手、高校時代からの友人の森下吉乃が先に来ていて私にひらひらと手を振ってくれた。

「ふみかー、ここ、ここ」

「吉乃、久しぶり!」

ハイタッチをして再会を喜ぶ。と言っても2週間ぶりなだけだけど。

吉乃は出張がある営業職で私が三交代勤務をしているから中々予定が合わないのだ。

「ふみかさんも生だよね」
顔なじみのバイトくんが慣れた様子でオーダーを確認してくれる。

「うん、よろしく」
まずは生でしょ。

「いつものおまかせ刺身盛りと焼き魚は頼んでおいたよ。後は何にする?」
「さすが、吉乃。焼き魚は時間がかかるもんね、正解」

そこから何品か追加注文して乾杯した。

「お疲れさまー」「お疲れー」

「今週はどこに行ってたの?」

「昨日まで三日間大阪。大阪港の近くだったから観覧車とか水族館とかが目の前にあったよ。勿論行かなかったけど。平日なのにカップルいっぱいいたわ。みんなどんな仕事してるのかしら」

「うーん、大学生とか私みたいな仕事かしらね」

「あーそっか。そうだよねー。それにしてもいっぱいいたわ」

長いこと付き合っていた彼と別れたばかりの吉乃はちょっとご機嫌斜めだ。

別れた原因が彼の心変わりだっていうから私も腹が立って仕方ない。
7年付き合った挙げ句やっぱり結婚したら家庭に入ってくれる人と将来を考えたいと言ったらしい。

恋も仕事も全力投球してきた吉乃に向かってなんてこと言うんだ。
バリバリと男性と肩を並べるほどの仕事をしてきた吉乃に対する侮辱だと思う。

それとも、取引先の会社の人間だったから仕事が出来る吉乃にコンプレックスを感じたのかもしれないけど。

それでも許しがたい、私の大事な吉乃を泣かせるとは本当に許せない。

「ふみかは変わりない?」

「ないない。また入院患者のおばあちゃんに孫を紹介されたくらい。こっちは求めてないのに大昔の嫁探しみたいに介護目的で求婚されるって辛い」

「わかる」

二人でふうーっとため息をついた。


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