裏側の恋人たち


フラグが立っていたんだろうかーーーー


午前中から科長に病棟の会議室にひとりで押し込まれ、新人ナースの研修資料を作成させられていた。
もう限界。わたしを臨床に戻してくれー。

印刷までは終わり、残りは纏めてたたんで封筒に入れるという単純作業。
もう疲れた。もうイヤだ。どうしてわたしなんだ。
ベッドサイドで働きたい。

ふと時計をみるともう昼休み時間というにはだいぶ遅い。
余りにイヤすぎて早く終わらせようと集中していたらランチに出遅れていた。

午後からもこの仕事だから何時に休憩を取っても誰にも迷惑にならないからいいんだけど。

この時間ならカフェも空いていそうだと思って足を向けるとーーー非常識なキンキンした女性の声が聞こえてきた。

誰だろうと思って近付いていくとーーーー
はああああー
女王様だわ。

女王様が高笑いをしながら此方に背を向けている二人のナースの女の子に何か言っている。

今日も安定のピンヒール。
アップにしたヘアスタイルもハイブランドのドクターコートもコスプレだと思うとかなりカッコいい。

ぜひ、夜の街に行ってもらえないだろうか。
予約枠がいっぱいになること間違いなしだと思う。
もしかしたらお給料だって大学病院勤務医のお給料と同じくらい稼げるかも。しかもあちらは他人様の生命のやりとりがない。自尊心だけで責任感が欠如していそうな女王様にはうってつけの職場じゃないだろうか。

それにしてもーーー
よりにもよってどうしてうちのかわいい後輩を攻撃してるのかしら。


女王様の前で青い顔をしているのは水ちゃんと優芽。どっちもわたしが新人から育てた大事な後輩だ。


「まさかとは思うけど、あなた愛されてるだなんて勘違いしてない?」

聞こえてきたのは醜い嫉妬だらけの言葉。
そうか、女王様は館野先生に愛されている二ノ宮家の娘が許せないのか。

馬鹿な女。
どうして自分が愛されないのか理解できないのだ。

仮に二ノ宮水音を排除しても女王様が後釜に納まるはずなどない。
館野先生はそんな馬鹿な男ではないのに。

悪意ある言葉で攻撃し続ける女王様に吐き気がする。

館野先生に他に女がいるとか、その女とは昔からの関係だとか勝手なことを言って水ちゃんを傷つけようとしていた。

狼に狙われた子ウサギのように震える水ちゃんの姿にわたしのこめかみの血管も限界。
パンパンっと大きく手を叩き「はい、終了!!」と大声で女王様の言葉を打ち消した。

近付いていたことに気が付かなかったらしい三人は驚いたようにわたしに注目する。

「元山先生、うちのスタッフの昼休みの時間は終わりです。先生もこんなところで無駄口をたたくお時間があるのでしたら新しいレスピレーターの設定とダヴィンチの操作をマスターしてください。7E病棟の主任がキレかかってましたよ、今度の大学から派遣されてきたドクターはメイクはうまいけど医療機器一つ満足に使えないって」

「なっ・・・」みるみるうちに女医の顔が赤くなっていく。

身に覚えがあったのかそれまで顎をしゃくるように自信満々で高圧的な態度だったのに、嘘のように首元まで羞恥の赤に変わっている。

「さあ、あなたたちも病棟に戻って。午後のショートミーティングがあるのを忘れたの?」

水ちゃんと優芽の背中を押した。早く病棟に戻れと。

「水ちゃん行こうか」
優芽が水ちゃんの手を取って歩き出す。水ちゃんは返事をする気力もないようだ。

女医の方はというと、思い切り此方を睨みつけながら舌打ちをすると、持っていたペットボトルを苛立ちと共に壁に向かって思い切り投げつけた。

さすがに他人に向けて投げなかったくらいの常識はあったらしいけど、かなりヤバイ女だ。

思ったより軽い音だったのは中身が入っていなかったからだろうけど、そんな態度は大人としていただけない。適材適所。やっぱり夜の街に行け。
そんな女がいいという性癖の男たちもいるだろう。

思い切りカツカツとハイヒールの音を響かせながら肩を怒らせてカフェを出て行く女王様の後ろ姿をイラッとしながら見送った。

舌打ちしたいのはこっちなんですけどっ。
今度増本に愚痴らせてもらおう。
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