裏側の恋人たち
翌日の夜の勤務は優芽と一緒だった。
「姐さん、昨日素敵でした。もう一生ついていきます」
やめなさいって。
目を細めて咎めるような視線を向けても優芽はめげなかった。
だからキラキラした目でこっちを見ないで。
「えー昨日何かあったの?」
「なかったわよ」「ありました!」
今夜のもう一人の夜勤スタッフは天満さん。彼女もわたしの同期だ。
「優芽、あなたいい加減にしなさいね」
「いいじゃないですか。浜さんは私の憧れなんですから」
くるりと天満さんの方に身体を向けると、優芽は昨日の元山先生の話をした。
「格好良かったんですよ、いつも優しい浜さんがびしーっと元山先生をやり込める姿が」
身振り手振りをしながらマシンガントークする優芽に呆れその口を塞ぐことを諦めた。
「へえ、僕も見たかったなぁ」
そう言ってナースステーションに入ってきたのは福岡先生だった。
「あれ、先生今日は当直じゃないですよね?」
私たちが首を傾げると、「そうなんだけどね・・・」と福岡先生が頷いた。
「学会発表の準備で医局で居残りしていたらちょっとコーヒーブレイクしたくなって。夜勤の当番表を見て病棟が落ち着いていたらコーヒーに付き合ってもらおうと思っておやつ持参でお邪魔したんだけど、ダメだったかな?」
「夜勤の当番表?」
聞いたことのないシステムに眉をひそめる。
「そう。知らなかった?医局に貼り出してあるよ。全員じゃなくて各病棟の夜勤のリーダーの名前だけだけどね」
知りませんけど。何それ。
「ああ、それで福岡先生がピンポイントで浜さんがいる日にお菓子を差し入れ出来たんですね。おかしいと思ったんですよ。どういう仕組みか謎だったんですけど、解けました」
は?
奇妙な発言をした優芽の顔をじーと見てしまう。
「やだ、先生、ほらやっぱり浜さんに全然伝わってないじゃない。だから私が言ったでしょ」
天満さんも謎の発言。
「はい、本当におっしゃるとおりでした。まさかこんなにも伝わっていないとは」
福岡先生が大きな背中を丸めて頬をポリポリと掻いている。
えーっと?
「とりあえず、病棟は落ち着いてますからわたしコーヒー4人分入れてきますねー」
優芽が席を立ちナースステーションの奥に入っていった。
その姿を見送っているとナースコールが鳴り出した。
「わたしが行ってくるから気にしないでどうぞ」
此方も素早く天満さんが行ってしまう。
この状況で二人きりはキツいんですけど。
「ごめんね、もしかしたら伝わってないかもって不安になっていたら、先週職員食堂で天満さんに『彼女には全く欠片も伝わってませんよ』って言われて、確信したものだから押しかけてみました」
「そ、そ、それはいったいどういう意味で・・・・・・」
「初めから浜さん狙いで差し入れをしてたってことですよ」
福岡先生が照れながら初めて差し入れしてくれた日と同じ宝石箱のようなお菓子箱をわたしに差し出す。
「患者さんやそのご家族にも大人気だと知ったら我慢できなくなりました。あと、地味なアピールは効果ないと理解しました。今日はこのまま差し入れだけして帰りますが今度は休日にお誘いしますね」
そう言い置いて福岡先生はナースステーションを出て行ってしまう。
わたしは何も言えずテーブルに置かれたお菓子箱と福岡先生の背中を交互に見つめた。