裏側の恋人たち
そろそろ帰ろうかなと伝票を手に取ると、それをひらりと別の手に奪われた。

「なあに、席のまま会計って制度に変わったの?」

わかってて聞いた私は意地悪だ。

「いえ、違います。支払い終わったらふみかさんが帰ってしまうから。・・・少しお時間ください」

伝票を握った桐生君は早上がりをしたらしく頭の手拭いも腰の前掛けもしていなかった。
私服に着替えた桐生君は等身大の25才の男の子だった。
これが私も同世代かそれ以下ならこの桐生君を見て《《男の子》》とは言わないのだろうけど。


「ここの奥の席は空いてる?」

「さっきReserveの札を置いたので」

「そう、なら移動しましょ。でも、先に言っておくけど、君が聞きたいことを私が言うとは限らないから」

「それでもいいです」

桐生君が頷くのを確認してからボックス席に移動した。

向かい合わせに座るとタイミングを見計らっていたのだろう大将がチーズケーキと温かいルイボスティーを出してくれる。
桐生君にはルイボスティーだけ。

チラリと大将を見上げるとにやりとした笑みが返ってくる。

「昼間常連客に貰った。俺、チーズケーキは好きじゃないからふみかが食ってくれると助かる。ルイボスティーはサービスだ」

「・・・有り難く頂きます」

躾はしないけどね、という視線を送って笑みを返すと大将は肩をすくめて戻っていった。

「私、明日は朝からの勤務なの。だから手早くよろしく」

「わかりました。ーーーさっきの若さ故の一途さが受け入れられないと言う意味を教えてもらえますか」

桐生君は両手を膝において真っ直ぐに私を見つめてくる。

就職試験の面接官にでもなった気分だなと心の中で笑った。
この子の真面目な気持ちを馬鹿にするわけじゃない、ただその真っ直ぐさは私たちには眩しすぎる。

「桐生君って今年25才よね。私と吉乃は誕生日が来ると33才になるわけ。10年経つと君は35才、吉乃は43才。じゃあ20年後は?」

もちろん45才と53才。30年後は55才と63才。

「そんなことはわかってます。そんなことはなんの障害にはなりません。吉乃さんはとても綺麗だし、勿論ふみかさんもですけど。お二人とも俺の8才上には見えないです」

まあそうだよね。そう言うことはわかってる。
だからこそ吉乃にプロポーズまがいのことを言ったんだろうし。

自慢じゃないけど、吉乃も私も綺麗にしてる。そこには加齢とか生活臭を出さない程度の努力がある。決して何もしてませーんなどということではない。

「さっき入り口近くの女子大生っぽい二人組に声かけられてたね。二人ともすごくかわいかったけど、ああいう子に興味はないの?」

「かわいかったですか?興味なかったのでよく見てなかったです」

「じゃあ、よくひとりで来てるショートカットのスーツの女性は?よく声掛けられてるよね。明らかに向こうは君に気があるけど」

ああとすぐに頷いたところを見ると、身に覚えがあるのだろう。

「彼女はただのお客さんです。向こうがどう思ってくれても俺は吉乃さんが好きです」

「でも、彼女なら君と同じくらいの年齢だよね?」

「そうですけど。どうしてふみかさんはそんなに年齢のことばかり言うんですか。どうしてそんなに拘るのか俺にはわかりません。俺がいいと言うんだからいいじゃないですか」

桐生君は膝に置いた拳を握りしめる。

確かにね、今、俺はいいんでしょう《《今の俺》》は。


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