離婚直前、凄腕パイロットの熱烈求愛に甘く翻弄されてます~旦那様は政略妻への恋情を止められない~
 たとえ会社のためだとしても桔平さんが小柴さんではなく私と生きる道を選んでくれたのなら私はその手を取ってもいいんじゃないかと思う。小柴さんに申し訳ない気持ちはあるけれど私だって彼を愛している。そう簡単には身を引くことはできない。

(でも今回は――)

 あどけない赤ちゃんの姿が私の脳裏にこびりついて離れなかった。喉に苦いものが込みあげる。

(小柴さんはあの子をひとりで育てていくのかな?)

 慶一郎おじさんは仕事と私の世話の両立にそうとう苦労していた。私の宿題をチェックしながら書類仕事をこなしていた彼の姿を思い出す。CAの仕事と赤ちゃんのお世話、小柴さんは倒れてしまわないだろうか。

(桔平さんだってこの世に自分の子どもが誕生していると知れば一緒に暮らしたいと思うはず)

 いつかは子どもが欲しいと語っていた彼はとても優しい顔をしていたのだ。

(なにより……あの赤ちゃんから父親を奪っていいはずがない)

 私は早くに両親を亡くしてしまったけど、めいいっぱい愛されていた思い出はちゃんとこの胸に残っている。それはいつも私に大きな力を与えてくれた。

 桔平さんからもらった時計に視線を落とす。そろそろ仕事に向かう時間だ。
 わずかに逡巡したあとで私はそっと時計を外してバッグにしまう。

(小さな赤ちゃんの幸せが一番大事だ。桔平さんにもそう話そう)
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