離婚直前、凄腕パイロットの熱烈求愛に甘く翻弄されてます~旦那様は政略妻への恋情を止められない~
 彼は声を絞り出す。
「理由があったとしてもその言葉は聞きたくなかった……悪い、少しだけ……」

 彼は私から視線をそらす。顔を見るのがつらいということだろう。

(私も……これ以上一緒にいたら桔平さんにすがってしまいそう)

 別れたくない、その言葉が喉から出かかっている。くるりと踵を返して背中で彼に告げる。

「今夜は慶一郎おじさんのところに行きます」

 桔平さんの返事はなかったけれど私はそのままリビングを出ようとする。

「桔平さん、小柴さんに連絡してみてください。桔平さんはそうするべきなんです」

 振り返らずにそれだけ伝えて、私は家を出た。

 夏の夜の生ぬるい風が私の頬を撫でる。大通りを流れていく赤いテールランプが涙でにじんだ。

 本当は桔平さんと幸せになりたかった。心のどこかに、なぜ隠し通してくれなかったのかと小柴さんを責めているひどい自分もいる。

(でも、赤ちゃんの存在を無視して桔平さんと幸せになることは不可能だ)

 だからこれでいい。今はそう言い聞かせるしかなかった。

(とはいっても、この前もお邪魔したばかりでまた慶一郎おじさんのところに厄介になるわけにも……ビジネスホテルにでも行こうかな)

 仕事柄ひとりでホテルに泊まることに抵抗はない。そう考えて駅へと歩いていたときに夕菜から着信があった。
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